ソフトバンク文庫発行、銀林みのる著、「鉄塔 武蔵野線」。「武蔵野線」は、東京都西東京市と埼玉県日高市を結ぶ全長28.1km、送電電力15万4000ボルトの実在する送電線。
見晴は、鉄塔を愛する小学5年生。ある日のこと、近所の鉄塔で「武蔵野線75‐1」と表記された番号札を見つけ、鉄塔には名前と番号があるという新発見に胸を躍らせる。引越しのために転校する2学期前の夏休みに、2才年下の親友アキラと「鉄塔調査隊」を結成し、鉄塔の行く先を追っていく。「オレたちは鉄塔を辿っていけば、絶対に秘密の原子力発電所まで行けるんだ」と、1号鉄塔を目指す冒険に出る。
見晴は、鉄塔の4本の脚と4つの基礎コンクリートで囲まれた場所を「結界」と呼んで、特殊な力の働く禁断の聖域だと位置づけています。鉄塔の真下まで行ったら「結界」の中心にビールの王冠で作ったメダルを記念に埋めていきます。柵をよじ登って膝を擦りむいたり、作業員に怒鳴られたり、アキラの自転車のパンクを直したり、「鉄塔ばばあ」に捕えられそうになったり、アキラと別れて見晴一人で野宿したり、直向な少年の冒険に気持ちが寄り添います。
著者の鉄塔への深い愛情から湧き上がる鉄塔描写の数々には感服します。
「仮面を着けたようなその容貌からは残忍な印象が漂い、悪意が隠されているように感じられてならないのです。」「その鉄塔は私に中背の少女を連想させました。完全な大人というには早い、大人になりかかっているような、まだ含羞んだ様子が見受けられるのです。」「こうして短身で貧弱な男性型鉄塔が農地の中央にぽつんと立っている滑稽な姿に、わたしは37号鉄塔への強い愛着を感じました。」「それは男装した女性のように、毅然として審美的すらありました。」「孤高で峻烈な24号鉄塔」「鮮やかに伸びた脚柱で全身を支えた12号鉄塔は、防護ネット用の仮腕金の羽のように拡げて、森の中に立ち止まった自らの位置を神秘的な地点にしています。」
この本は、1997年に刊行された作品を 2007年に著者自ら再編集したもので、著者が撮った500枚もの武蔵野線の鉄塔の写真が、1枚1枚に解説付きで掲載されています。1つの鉄塔をいろんな角度から撮ったそれらの写真からも、鉄塔を前にした著者の喜びと興奮が伝わってきます。鉄塔のある風景がまた違ったものに見えてきます。