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ニューヨークが選んだ村上春樹の初期短篇17篇。英語版と同じ作品構成で贈る。
出版社:新潮社
村上春樹は基本的には長篇作家だけど、短篇小説にも優れた作品が多い。
初期短篇を収めた本書は、そんな春樹の実力をまざまざと見せつけてくれる。
本書は17本の作品を収録しているが、5段階評価で4点以上の作品が8割以上を占めた。恐ろしいまでの高打率。
基本的に、すべて一通り読んだことのある作品ばかりだけど、再読しても楽しめたし、新しく発見できる部分も多かった。
短いながらも、描いている世界は深いのである。
さすがは村上春樹、と(ファンと贔屓目もあるかもしれないが)感心するばかりだ。
個人的に一番好きな作品は、『眠り』である。
学生のときもそれなりに楽しめたが、三十代という主人公と近い年齢になったからか、より作品の雰囲気を受け止められるようになった気がする。
主人公の「私」は主婦なのだが、自身の家庭生活に強烈な不満があるわけではないのだろう。
ただ、そのあまりに単調で、いつものスタイルを続ける生活に違和感が生じたというだけでしかない。
そんな彼女が求めているのは、大したものではない。
言うなれば、それは羽目をはずさない程度の非日常といったところか。
彼女は、『アンナ・カレーニナ』を読んでいるが、それは、本の世界の非日常を追体験するだけでしかない。別に不倫願望があるとか、そういう大げさなものではないのだ。
しかし、ちょっとした非日常を求めるだけで、彼女は終わることができなかった。
良い悪いはともあれ、彼女はそこから先を目指してしまう。
それは、「傾向的に消費されていく」日常生活の単調さに、彼女がはっきりと気づいてしまったからにほかならない。
そこから逃れるために、眠りを捨てて、「自分のための時間を拡大」しようとする。
だがそれは結果としては、いびつなものでしかないのだろう。
そしてそんないびつな選択など、長く続く類のものではないのだ。
ひょっとしたら、彼女はそのいびつな選択のために、大事なものまで台無しにしてしまう可能性もある。
ラストにはそんな予感が漂っているように、僕には見えた。そして、それがどこか恐ろしく、悲しくもある。
ほかには、『納屋を焼く』も気に入っている。
「納屋を焼く」とはもちろんメタファーであり、「彼女」の失踪と無縁ではないのだろう。
突然消えても、誰も悲しみはしない存在。それこそが「納屋」と思う。
そしてそういう「納屋」のような、「彼女」のような存在は、都市部においては、往々にしてあるものだ。
実際、「彼女」が一番信頼していた「僕」でさえ、彼女の行方を見つけることができなかった。
加えて、「僕」はそれ以上、彼女の行方を追及できなかったし、追及もしなかった。
その、人と人とのつながりがあっさりと断絶してしまっている雰囲気が、微妙にこわく不気味である。
なかなかすばらしい余韻だ。
それ以外にもすばらしい作品は多い。
短篇である分キレがある点が魅力で、夫婦間に生まれる不穏な雰囲気が、『ねじまき鳥クロニクル』以上にくっきりと浮かび上がっている点がおもしろい、『ねじまき鳥と火曜日の女たち』。
個として生きる「僕」の、他者とのコミュニケーションや、自分の存在に関する、いろいろな感情がない混ぜになっていておもしろい、『カンガルー通信』。
奇妙な雰囲気が味のある、『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』。
下手な解説をつけないところが個人的には魅力な、『レーダーホーゼン』。
一般受けしそうな作風で、エンタメとして充分におもしろい、『ファミリー・アフェア』。
寓話的な世界観が魅力で、ドライブの利いた物語運びが印象に残る、『踊る小人』。
いくぶんセンチメンタルすぎるきらいはあるが、喪失感が前面に出てきて、心に響く、『午後の最後の芝生』。
ストレートなテーマ性ゆえに、わかりやすく、その内容について自分に当てはめて考えずにはいられない、『沈黙』。
現実社会に適応していくうちに、バランスが失われていくような感覚を、象徴的に描いていて興味深い、『象の消滅』。
などなど。
全部上げ切れなかったが、それ以外の作品も、質が高くて驚くばかり。
村上春樹という作家の個性が、この作品集には凝縮されている。各作品の質も総じて高い。
村上春樹初心者には最適の本であり、ファンも、そうでない人も楽しめる一品に仕上がっている。優れた仕事だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの村上春樹作品感想
『アフターダーク』
『1Q84 BOOK1,2』
『1Q84 BOOK3』
『海辺のカフカ』
『東京奇譚集』
『ねじまき鳥クロニクル』
『遠い太鼓』
『走ることについて語るときに僕の語ること』
『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
『若い読者のための短編小説案内』
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』 (河合隼雄との共著)
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