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ある日公園でピーターはジェリーという男に出会う。問われるまま家族や仕事のことを話す。やがて饒舌なジェリーに辟易し、遂に…不条理な世界に巻き込まれた常識人を描くデビュー作「動物園物語」。
パーティ帰りの真夜中、新任の夫婦を自宅に招いた中年の助教授夫妻。やがて激しい罵り合いが…幻想にすがる人間の姿、赤裸々な夫婦関係を描く「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」。
現代演劇の第一人者の傑作二篇。
鳴海四郎 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ演劇文庫)
『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』が圧倒的におもしろかった。
というよりも、むちゃくちゃこわかった。
内容としては夫婦ゲンカの話で、主人公であるジョージとマーサ夫婦は冒頭から口ゲンカをしており、ラスト近くに至るまでケンカをやめない。
それが本作をこわいと感じた理由であろう。
二人のケンカには一つの攻撃パターンがある。
妻のマーサは自分の父親を引き合いに出して、夫の無能をなじり、夫のジョージはそんなことを平気で述べる妻を、軽蔑を浮かべながら、目一杯の憎しみをこめてののしっている。
二人の言葉は、相手の心を傷つけることを意図して口にされた言葉ばかりだ。
おかげで読んでいるこっちの心まで傷つかずにいられない。
何でこんな口にしてはいけないことばかり、互いに言い合うのだろう、と思い、寒気を覚えてしまう。
圧巻は第二幕、ジョージの小説の内容をマーサが暴露するところから、ニックとハネーの結婚の秘密をジョージがばらすまでのところだ。
そのシーンを短くまとめるならば、残酷かつ醜い、であろう。
おかげで読んでいる僕まで、いたたまれないような気分になってしまう。
二人はただ互いが抱えている憎しみを、相手に向かってぶつけあっているだけなのだ。
それだけに二人の姿が、むちゃくちゃ恐ろしく見えてならない。
そんなジョージとマーサ夫妻の間には、子どもが一つのネックとなっているらしいことが徐々にわかってくる。
それに対するオチは正直言って読めてしまう。
だがそれを抜きにしても、この夫婦がここまでねじれてしまった理由に思いを馳せずにはいられないのだ。
その子どもというキーワードからは、
相手を責めずにはいられない心情。
ののしられる自分を甘んじて受け入れる感情。
相手が不貞を働いてもそれを黙認する卑屈さ。
そして相手を思いやらず、真剣に向き合うことを避ける卑怯。
相手の自由にすればいいさ、という相手のことを尊重するふりをしながら、相手の感情から目を背け続けるずるさ、などが見えてくる。
それらは本当に悲しいことだ。
その結果として、こんな形で夫婦が憎みあうのだとしたら、それはあまりに悲惨で残酷ではないか。
そんな夫婦は、ラストに至り、一つの破局を迎えることとなる。
それは見ようによっては残酷かもしれない。だがこの憎み合う二人にはぜひとも必要な破局だったのだろう。
そのような形で、ある種の終わりを迎えた夫婦に、どのような未来が待ち受けるかはわからない。
だけどその終焉をきっかけに、現実というものに目を向け始めた彼らは、自分たちの現状をいまよりも真正面から受け入れられるのではないか、と思うのだ。
読んでいる間、暗い気分にもなったが、そのシーンには微妙に希望が感じられる。
そしてそのはっきりしない希望が、シーンと深く胸に響き、僕の感情に強く訴えかけてくる。
ドキドキしながらも心は沈み、読んでいる間、眉をひそめることもあったりする。
だけど本当に困ったことだが、この作品はそれにもかかわらず、傑作なのかもしれない。
『動物園物語』もおもしろい。
かみ合わない二人の会話から、ジェリーの孤独が少しずつ明らかになる様はお見事。
コミュニケーションというものについて考えずにいられない作品である。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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