私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『カリギュラ』 アルベール・カミュ

2011-02-16 20:41:39 | 戯曲

“不可能!おれはそれを世界の涯てまで探しに行った。おれ自身の果てまで”。ローマ帝国の若き皇帝カリギュラは、最愛の妹ドリュジラの急死を境に、狂気の暴君へと変貌した。市民の財産相続権の剥奪と無差別処刑に端を発する、数々の非道なるふるまい。それは、世界の根源的不条理に対する彼の孤独な闘いだった…『異邦人』『シーシュポスの神話』とともにカミュ“不条理三部作”をなす傑作、新訳で復活。
岩切正一郎 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ演劇文庫)




ローマ帝国の暴君カリギュラを主人公にした演劇だが、その人物像にはカミュらしさがあるように感じる。
僕が読んだカミュの作品は『異邦人』と『ペスト』だけだし、実存主義のことを正しく理解しているとは言いがたいから、その直感が正しいかはわからない。
ただこの作品には、自分の行為と、存在に対する不安が描れており、それが僕にはカミュっぽく感じられた。


ローマの皇帝カリギュラは妹の死を境に、悪逆非道の虐殺行為を始めるようになる。それが物語のメインの流れだ。

カリギュラがそのような残虐な行為に走ったのは、愛人でもある妹の死に打ちのめされたから。というのが表面的な理由だ。
だが本作の主人公カリギュラは、自分が打ちのめされている理由を、そのように単純化して受け止めたりはしない。彼は妹の死を見つめた結果、彼女の死の中に世界の不条理を見出すのである。
そして妹の死を通して、カリギュラが悟ったことは以下の通りだ(と僕は受け取った)。

人は結局最終的には死ぬよりほかなく、世界は死を前にしている以上、無意味でしかない。

そういうことだ。その結果、カリギュラはそんな世界の不条理に抗い、対峙しようと試みる。
言っては悪いが、カリギュラ――かなりめんどくさい。


彼がまず手始めに行なったことは、自分が不条理を与える側になることだ。
世界には不可能と虚無と無意味があふれている。だからこそ、彼は自分がその無意味を生み出す側に立とうと、行動する。
そうすることで、彼は自分なりに世界の不条理を克服しようとしているのだ、と思う。

それはめんどくさい上に、かなり破滅的な行動だ。論理的には飛躍も甚だしいし、考え方はあまりに危うい。
しかしそれが彼なりの世界に対する叛逆であるらしい。


だがそんな論理についてくる人間はそうそういるわけではない。
カリギュラは、理不尽な要求を他人につきつけ、ときにはその相手に向けて、死を迫る。
言うまでもなく、そんな不条理な状況に、人間は耐えることなどできない。

その状況に人が耐えられないのは、命が惜しいからという即物的な理由があることは言うまでもない。
だが同時に、理由もなく殺されることに人は耐えられないという点も大きいのだろう。
たとえ殺されるにしても、せめて理由くらいはほしいと考える。第二幕のケレアのセリフなどがいい例だ。

人間は虚無の中で生きていられるほど強くなく、たとえ無意味に見える人生にさえ、何かと理由をつけたがる。
人は、物事に対してとかく意味を求める種族なのだ。


だけど人間はときどきカリギュラ的な思想に陥ることもある。
第三幕のカリギュラとケレアの会話がそれを象徴している。
何もかもこわしてしまいたいと思うような破れかぶれの感情が湧いてくる瞬間だって、人間、一度くらいはあるものだ。

そして、その感情を理性的に説明することは、なかなかできない。
それでも、人はそういう理性で説明しきれない感情を抱えて生きざるを得ない生き物でもある。
あるいは、そういう理性で説明できない感情を抱えているからこそ、何かと物事に意味を付けたがるのかもしれない。


では不条理を生み出す側に立ち、破れかぶれの時間を生きる、当のカリギュラは不条理を克服できたかと言うと、実際のところ、そうでもない。

カリギュラ自身、第四幕のラストを見てもわかる通り、その不条理に耐えることはできていない。
最後の方になって、彼は死という絶対的な理不尽の前で恐怖を感じている。
自分が属する世界も、自分に湧いてくる恐怖という感情ですらも、死んでしまえばすべては無意味になる。
それはカリギュラでさえ、重たい事実なのだ。
人はやはりどれほどがんばっても弱い生き物であるらしい。


世界に意味なんてない。その認識から出発したカリギュラの行動は、はっきり言って無謀な行動でしかないのだろう。
しかしその無謀を無謀と思わずに突き進んでいく、カリギュラの姿は、形はどうであれ、妙に心に残り、強いインパクトを残す。

カリギュラの高い哲学性、そして強烈なキャラクターのおかげで、読後には深い余韻を感じることができる。
新潮文庫では絶版になってしまったようだが、それが惜しいと思えるような、深い一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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