私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『注文の多い料理店』宮沢賢治

2011-10-18 20:33:47 | 小説(児童文学)

これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません―生前唯一の童話集『注文の多い料理店』全編と、「雪渡り」「茨海小学校」「なめとこ山の熊」など、地方色の豊かな童話19編を収録。賢治が愛してやまなかった“ドリームランドとしての日本岩手県”の闊達で果敢な住人たちとまとめて出会える一巻。
出版社:新潮社(新潮文庫)




どの作品もすてきだけど、本作の白眉は、『雪渡り』だと個人的には思う。

冒頭の、子供たちと狐の「キックキックトントン」っていう言葉のやり取りや歌が、まずリズミカルで読んでいるだけで明るい気分になれるし、兄妹のやり取りからは、二人のきずなの強さと愛情がうかがえるようで、優しい気分になれる。

そんな中、本作中でもっとも温かいシーンは、狐から出された団子を食べるシーンだろう。
その団子を見て、自分は狐に化かされているのでは、と四郎は疑ってかかるけれど、「僕は紺三郎が僕らを欺すなんて思わないよ。」って言って、疑うことをやめ、妹と一緒に団子を食べている。
そこからは四郎の美しいまでの善意と信頼感が伝わってくるようだ。
その心根がすばらしく、僕の胸に深く響いた。


ほかには、『土神ときつね』もお気に入りだ。
これは一言で言えば、悲しい話である。

土神は、樺の木に恋をしていることはまちがいない。だけど、彼は狐のように嘘をついてでも、樺の木に気に入られることはできず、狐に嫉妬し、癇癪を起こすことしかできない。
土神は基本的に不器用な存在なのだろう、と思う。
そしてその不器用さゆえに、愛する樺の木からはずっと恐れられることとなる。そのすれ違いっぷりが悲しい。

そしてそんな不器用な土神は、かなり愚かな行動を取ることとなる。
最後に見せた土神の涙は、何に由来するものかはわからない。個人的には悔いかなとも思うが、人によっていろんな解釈はあろう。
ただ一つ言えることは、そのときの土神が、あまりに哀れだということである。
そこにある土神の悲哀があまりに苦々しく、読後しばらくは呆然とした気分になってしまった。


それ以外にも、すてきな作品が多い。

「一番偉くない人が偉い」という言葉の意外な深さが忘れがたい、『どんぐりと山猫』。
ちょっと皮肉が入っていて、だけどユーモラスなところが良い、『注文の多い料理店』。
子供を守ろうとする雪童子の姿が、切なくも愛らしい、『水仙月の四日』。
手ぬぐいを恐れてこわごわ近づいたり、歌って踊ったりする鹿の姿がかわいい、『鹿踊りのはじまり』。
「雨ニモ負ケズ」の精神にも通じる、聖なる愚者の姿が胸に沁みる、『気のいい火山弾』。
弟を守る兄の優しさと、ラストの少しさびしげな様が心に残る、『ひかりの素足』。
死についての情景を詩的に描いていて印象的な、『おきなぐさ』。
賢治の石に対する愛情が伝わってくるかのような、『楢ノ木大学士の野宿』。
シンパシーを覚える熊を殺さざるを得ない罪深さが切なく、運命めいたラストが悲しい、『なめとこ山の熊』。
など。

どの作品も、賢治作品のすばらしさを伝えてくれる。本作はそんなすてきな作品集であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの宮沢賢治作品感想
 『新編 風の又三郎』
 『新編 銀河鉄道の夜』

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2 コメント

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はじめまして (フォード)
2012-05-25 20:29:55
はじめまして。フォードと申します。

小説とは全く関係の無いことですいません。

工場作業員をされておられると書いてありましたがどんなことをされておられるのか教えていただけませんか?

私は工場見学に関心があるので。

オートメーションがカッコイイです。

追伸
宮沢賢治が残した「世界全体が幸福にならない限り、個人の幸福はありえない」という言葉が私は大好きです。
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コメントありがとうございます (qwer0987)
2012-05-25 22:46:11
フォードさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

やっている仕事は技術支援です。客や営業から、こういうデータをくれ、とか、こういうサンプルをつくってほしい、って言われたものを提出してます。
工場と言ってもピンキリあるわけで、うちは大量生産のオートメーションなんて立派なものでもないんです。ターゲットがニッチな分野ですので、作業は一部自動化、後は泥臭くって感じになってしまいます。
たぶんイメージされているものとちがうと思いますが。

> 世界全体が幸福にならない限り、個人の幸福はありえない
美しい言葉ですね。
賢治は基本的に純粋な人だと思います。童話の中には、そんな彼のパーソナリティがにじみ出ているように感じます。
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