私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『新編 銀河鉄道の夜』 宮沢賢治

2011-07-14 20:43:22 | 小説(児童文学)

貧しく孤独な少年ジョバンニが、親友カムパネルラと銀河鉄道に乗って美しく悲しい夜空の旅をする、永遠の未完成の傑作である表題作や、「よだかの星」「オツベルと象」「セロ弾きのゴーシュ」など、イーハトーヴォの切なく多彩な世界に、「北守将軍と三人兄弟の医者」「饑餓陣営」「ビジテリアン大祭」を加えた14編を収録。賢治童話の豊饒な味わいをあますところなく披露する。
出版社:新潮社(新潮文庫)




十五年ぶりくらいにこの文庫を読み返したけれど、細かいところはきれいさっぱり忘れていた。
だからいろいろな点で驚いているのだけど、特に驚いたのは、『銀河鉄道の夜』である。
この作品、こんなにもきれいで、切なく、さびしげな話だったのかと、いまさらになって知らされたからだ。


『銀河鉄道の夜』で強く心に残ったのは、風景描写である。
そこで描かれる銀河の河床の風景の、何て繊細で、詩的で、はかなげであることか。
燐光の三角標や、銀色のすすき、輝いている河床、透き通った河原の小石、真っ赤に燃えるさそりの火など、本当に美しく、幻想的で、イマジネーションにあふれており、読んでいるだけでもドキドキしてしまう。
そこで描き出された世界は静謐で、読み手である僕の胸に、しんしんとしみこんでくるかのよう。
そしてその静かな世界は、後半になって徐々に立ち上がる、死の予感と深くリンクしていて、忘れがたい。

しかし読み返して思ったのだけど、ジョバンニはカムパネルラのことが本当に好きなんだろうな(BL的な意味ではない)、と気づかされる。
ジョバンニは父親のことで周りからからかわれたとき、その一群の中にカムパネルラがいたことにショックを受けた。また、カンパネルラが女の子と親しく話していることに嫉妬もしている。
ジョバンニにとっては、そんな生っぽい感情を抱きたくなるほど、カムパネルラは大事な友だちということなのだろう。
だがそれはカムパネルラだって同じなのだろう、という気もする。
そうでなければ、彼は最後のときに、ジョバンニと一緒に銀河鉄道には乗り合わせまい。

ちょっと飛躍しすぎかもしれないが、その友情はジョバンニに一つの変化を与えているように思うのだ。
後半、ジョバンニはさそりの火の逸話に共感を示し、以下のように述べている
「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」

そしてその言葉は、言うまでもなく、ザネリを助けたカムパネルラとも重なっている。
僕は思うのだけど、ジョバンニはそんな考えを、それと知らないうちにカムパネルラから受け取っていたのかもしれない、という気がするのだ。
根拠は明示できないけれど、カムパネルラの存在が、上述のセリフのような感情をジョバンニに呼び起こしたように感じてしまう。そう考えると、とっても美しい話だなとは思わないですかね。
あるいは、元々似たような考えを持つ二人だったから、互いに引き寄せられたってだけかもしれないけれど。

だがそんなカムパネルラとジョバンニの物語は、悲しい最後を迎えることとなる。
そのラストは切なく、しんみりした気分にさせられる。
だがその読後の悲しみが、この作品の美しさとはかなげな雰囲気を、より一層高めているのだろう。
その余韻がすばらしく、『銀河鉄道の夜』は心に残る一品となりえている、と僕は思う。


表題作以外もおもしろい作品が多い。

「なまこももしできますならお許しを願いとう存じます」が優しくて、すてきな、『双子の星』。
心根が優しいのになかなか報われない、よだかに訪れたラストの救いが美しい、『よだかの星』。
子どもたちのトマトに抱いた幻想が踏みにじられる過程が悲しい、『黄いろのトマト』。
「せだけ高くてばかあなひのき」ってセリフが妙にツボった、『ひのきとひなげし』。
筋運びはドラマチックでおもしろく、ラストに見せたさびしそうな象の姿がせつない、『オツベルと象』。
かわいそうなかま猫の姿に、哀れみを覚える、『猫の事務所』。
単純に物語としておもしろく、ラストのかっこうに対して言ったセリフに、主人公の優しさと後悔と悲しさを見る思いがして、深く余韻を残す、『セロ弾きのゴーシュ』。
ユーモラスな前半と、生産体操って何だよ、ってつっこみたくなる後半がそれぞれ楽しい、『飢餓陣営』。
つっこみどころはあれ、菜食主義者の主張をわかりやすく語ってくれて読ませる、『ビジテリアン大祭』、
など。

宮沢賢治という作家の優しさを感じさせる作品が多い。ともあれ良質の作品集であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「冷たい熱帯魚」 | トップ | 『1ドルの価値/賢者の贈り物... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説(児童文学)」カテゴリの最新記事