私的感想:本/映画

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吉村昭『戦艦武蔵』

2014-08-12 20:40:07 | 小説(国内男性作家)

厖大な人命と物資をただ浪費するために、人間が狂気的なエネルギーを注いだ戦争の本質とは何か? 非論理的“愚行”に驀進した“人間”の内部にひそむ奇怪さとはどういうものか? 本書は戦争の神話的象徴である「武蔵」の極秘の建造から壮絶な終焉までを克明に綴り、壮大な劇の全貌を明らかにした記録文学の大作である。
出版社:新潮社(新潮文庫)




吉村昭らしい淡々とした筆致で、日本最高クラスの戦艦の運命を描いており、読み応えのある作品である。
それが『戦艦武蔵』の端的な感想だ。



日本が威信をかけて建造した戦艦武蔵。
当然その建造は極秘事項なわけで、建造当初から緘口令は布かれる。
戦艦の全容がわからないよう。戦艦の周囲は覆われ、作業員にもばれないよう、部分部分の建造しか許されない。
市民にもよけいな詮索をされないよう、監視の目を強め、中国人街では特高によるがさ入れも行なわれる。

その労力を大層なもので、それだけで戦争の雰囲気を色濃く漂わせている。
何とも息苦しく、重苦しい世界だ。


個人的に一番こわかったのは、設計図の紛失から巻き起こる事件だ。
設計に携わった者たちが図面持ち出しの犯人だろう、ということで特高たちは次々と容疑者に拷問を加えていく。
その様はただただ惨かった。事件が解決した後も、PTSD様の症状を呈した人間もいたというが、それも納得というほかない。

戦争というものは、戦場以外でも、人を苦しめるということをこういう場面は教えてくれる。
そんな印象を強く持つ。



そうして数々の機密に関する問題、技術的な課題を克服し、武蔵は完成にこぎつける。
技術者たちはさぞ感無量だったろう。

そして武蔵は戦線に投入されるに至るが、莫大な重油を使用するため、そう簡単に使用はできない。
あれほど帝国の威信を賭けてつくったものも、実戦投入もできないまま、時間だけを浪費していく。
そして最後はアメリカ軍の執拗な爆撃にさらされて轟沈するほかなくなる。

その様は惨く、あまりに哀れでならなかった。
そしてその戦艦に乗ったばかりに運命を共にせざるを得なかった軍人たちもあまりにかわいそうである。


結局武蔵はあれほどの労力をつぎ込んで建造したわりに、その労力に見合った戦果をあげることはできなかったということだろう。
その様にはただただ悲哀に満ちている。
そして人間が作り出すものに対する虚しさすら感じられて、しんと胸に響いた。

戦争とそれが引き起こす悲劇を丁寧に描いた佳品であろう。

評価:★★★(満点は★★★★★)



そのほかの吉村昭作品感想
 『高熱隧道』
 『零式戦闘機』

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