1979年秋、カドリー・トイズは日本先行デビューが決まり、音楽誌に載る回数が増えてきます。これは当時のパンク/ニューウェイヴ雑誌『ZOO』で、バンドのプロフィールとアルバム『倒錯のギロチン・シアター』(日本盤)のレビューが2ページにわたって掲載されたもの(執筆者・鈴木佳行さん)です。長いので何回かに分けてご紹介します。 (資料提供/FUNTIME)
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『グラム・ロックにパンクの味付けをしたグループ、カドリー・トイズ登場!!』
★Part 1
カドリー・トイズのデビューは今をさかのぼること約2年、ロンドンにニュー・ウェイヴ旋風吹き荒れる1977年のことだ。当時は、レイプトというショッキングなグループ名と共に、ドラマーに日本人が参加しているということで日本でも2、3の雑誌に取り上げられ、少なからず話題になった。また、1978年3月にリリースされた彼らのデビュー・シングル「プリティ・ピードフィルズ」がニュー・ウェイヴのチャートを上昇したこともあって、彼らの存在は日本のみならず、本国イギリスでも一躍注目を浴びた。しかし、その後は更にシングルを一枚出したものの、これといった話題にはならず消息も途絶えがちで、浮き沈みの激しいブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ・シーンの中で、荒波にのみこまれてしまったのではないかという危惧さえ抱かれる昨今であった。
(この項つづく)
【ZOO / NO.24 昭和54年10月25日発行 p20-21】
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『グラム・ロックにパンクの味付けをしたグループ、カドリー・トイズ登場!!』
★Part 1
カドリー・トイズのデビューは今をさかのぼること約2年、ロンドンにニュー・ウェイヴ旋風吹き荒れる1977年のことだ。当時は、レイプトというショッキングなグループ名と共に、ドラマーに日本人が参加しているということで日本でも2、3の雑誌に取り上げられ、少なからず話題になった。また、1978年3月にリリースされた彼らのデビュー・シングル「プリティ・ピードフィルズ」がニュー・ウェイヴのチャートを上昇したこともあって、彼らの存在は日本のみならず、本国イギリスでも一躍注目を浴びた。しかし、その後は更にシングルを一枚出したものの、これといった話題にはならず消息も途絶えがちで、浮き沈みの激しいブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ・シーンの中で、荒波にのみこまれてしまったのではないかという危惧さえ抱かれる昨今であった。
(この項つづく)
【ZOO / NO.24 昭和54年10月25日発行 p20-21】