温泉にゃんこのネコ散歩

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行田☆大妄想劇場2

2009-05-25 15:53:00 | ノンジャンル
    『 れんげ草の記憶 』 ~ 第二話 それぞれの季節に ~

 婚礼の日取りも決まったある日、光博は特別にれんげ草を刺繍させた白足袋の中に文を忍ばせて京香にそっと渡した。
「僕は遠くに行くけど、京香がずっと幸せに過ごせるように祈っている。好きなことをのびのびとやって生きていきなさい」
大好きな光博からの手紙を大事に文机にしまう京香。その階下には、秋穂が婚礼でまとう豪華な内掛けがかかっていた。

         

 あと数日で婚礼という日、京香は秋穂に小さなつまみかんざしと共布で作った帯留めを手渡して、こう言った。
「秋穂ちゃん藤が好きだったから、京香のお着物をほどいて作ったの。京香のこと笑わなかったの、秋穂ちゃんだけだった。今までありがとね」
秋穂の目に、みるみるうちに涙が浮かんでくるのを見て、
「秋穂ちゃんどうしたの?お具合悪いの?お父さまに看ていただかなくちゃ」
と覗きこむ京香。秋穂はその京香の手を取って、
「京香ちゃん、私こそ京香ちゃんに教えてもらったことばかりよ。藤のかんざしと帯留めとっても素敵ね。お嫁にいく日、これ付けさせてもらうわね。そうすれば、京香ちゃんも一緒にそこにいてくれるみたいで心強いわ」
と、あふれ出す涙をぬぐおうともせず微笑みかけた。

         

 時は流れ、海外での生活を終えて帰国した若夫婦は日本橋に「おいかわ」の支店を出し、そこで海外での経験を活かした斬新な経営を続けていた。秋穂はその気丈さで出かけがちの光博に代わって店を守り、辣腕女将として日本橋でも一目おかれる存在になっていた。光博もその社交性を活かし人脈を広げ、いつしか「おいかわ」は皇室御用達の名店にまで上り詰めた。

 かたや行田の地で生きる京香は好きな日本舞踊を続け、京香なりに充実した日々を送っている。20代でその稀有な才能を見込まれた京香は、日本舞踊の師範として東京の家元にも声をかけられるほどであったが、東京に置くのは心配という親の言いつけを素直に守り、「よねや」の奥座敷に稽古場屋を作って近隣の人にやさしい踊りをわずかな月謝で教えている。そこはいつしか足袋工場で働く若い女工の集うところとなり、お稽古後にはお茶とお菓子が供され、朗らかな笑いが満ちる場になっていた。

         

 両親は優しく、近所の人もいたわりの目で京香を見守ってくれている。ある夏の夕暮れ、光博の生家の前にたたずむ京香の姿があった。かつて光博がいた2階の窓を見つめる京香、その心の中は誰もうかがい知ることができない。
「みつにいさま、京香、今でもみつにいさまにいただいたお文と一緒に、あのれんげ草の指輪と白足袋も大事にしまっているの」
茜に染まった西の空には秩父連山のシルエット、東の空には満月に近い大きな月が京香の心のように透明に輝きながら昇ってきた。
「みつにいさまは太陽、京香はお月さま。同じお空で並ぶことはないけれど、みつみいさまは、確かにそこにいるのよね…」 (つづく)

*この物語はフィクションであり人物名や店名はすべて架空のものです。
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