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温泉にゃんこのネコ散歩

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アントワネットさま伝説4

2015-01-30 14:46:00 | ノンジャンル
過酷なれど楽しかった小学校時代、その後は3Km以上先にある1学年18クラスもあるマンモス中学へ自転車で通うアントワネット。ここでは、人生初めてのいじめに遭遇。クラスの4名の女子グループに「あいつ気取っている」(多分、関東弁が気に入らなかった)と標的にされ、上履きの中に仕込まれた画鋲を踏んでかかとを怪我したり、自転車のタイヤに何本も画鋲を突き刺されてパンクさせられて、3kmも押して帰宅したりと、昔の大映ドラマさながらのわかりやすい展開に(0^; でも、そんなことも何もマリアテレジアには言わずに通い続けるアントワネット。救いだったのが、いじめていたのは4名だけだったということ。まぁ、これで根性もついたわけで…。

       
そんな中学時代の1年が終わる頃、ガラスの心を持った父も知らない土地での仕事に耐えかねて、埼玉へ戻ることになったのでありました。地元の中学に戻ったアントワネット、めでたしめでたしとなると思いきや、なぜか英語のジジィ教師にいじめられ、英語だけ成績がガタ落ち。そんなわけで、高校はチャリで通える距離にある公立へ。ここは「本さえ読んでいればいい」というゆる~い教育方針の校長の言葉通りに過ごし、たいして受験勉強もせず過ごして、中の下くらいの大学に入学。

一応法律を勉強するつもりが、新入生勧誘時にめっちゃ好みの顔をした男子に声をかけられて、なぜか体育会の硬式庭球部に入部。知らないものの怖さで、中学高校と運動部にも入っていなかったのにいきなり体育会に入り、上下関係の厳しさを叩き込まれ、しかも一緒に入った女子がみんなキツさに負けてやめてしまったため、最後に残ったアントワネットはやめるわけにもいかず1日8時間の練習にも、地獄のような合宿にも耐え(今でも人生で一番過酷だったと思う…)、何とか4年間をまっとうしたのでした←あっぱれ!(つづく)

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アントワネットさま伝説3

2015-01-29 23:44:00 | ノンジャンル
心病んだまま通っていた小学校でありましたが、やけに本を読んでいたせいか成績は常にトップ争い(たかだか小学校低学年だしね…)、そこに登場するのが、これまたひとりっこでパパが会計士のユカ。いわゆるライバル。ベルばらでいうところのデュ・バリー夫人ですな(0^; こやつ、親が裕福な上に教育熱心&日本舞踊とか習っちゃってて自信満々「ねぇ、うちのパパはいつも私と遊んでくれるのに、どうしてアントワネットのところはいつもいないの?」とか、言うことがいちいち気に障る。フツー、父親は働きに出てんだよ!

       
小学校4年まで続いたデュ・バリーとの熾烈な戦いも、アントワネットの転校で終止符を打つことになる。見知らぬ土地の静岡の海辺に移り住んだアントワネット、海に喜び富士山が見えることに感動したのも束の間、埼玉の小学校とのあまりの違いに愕然となる。登校は冬でも半袖短パンの体操服、小学校なのに50mプール、しかも真中の水深は2m。25m泳ぐのがやっとだったアントワネットは、プールの真ん中で溺れかかったところを、先生に竿で突っつかれる始末。冬恒例のマラソン大会は小学生なのに10Km、しかも砂浜が含まれているというハードさ。

埼玉で遠足と言えば、バスで楽しいところに行っていたのに、静岡での遠足はまさに遠足。何Kmも歩いて山に登らされたり、増水した安部川を渡って木枯らしの森という中洲に行かされたり、台風の後の久能山行きでは、台風の爪痕が残った景色が怖かったこと怖かったこと…。でも、わっこちゃんとしげちゃんという親友ができたおかげで、激烈な環境変化を何とか乗り切ったアントワネット。でもね、リアル田植えは本当にイヤだった(TT)今でもあのニュルッという感触は忘れられまへん。

静岡で唯一楽しかったのは、埼玉とは違う食べ物があったこと。今でこそ有名になった静岡おでんは、よくひとりで海辺の駄菓子屋の「いわらや」に食べに行ってたっけ。その他にも、生シラスや最初は衝撃的だった甘いコロッケ、天神屋のドライカレーおむすびなどなど。この頃からひとりでフラフラするのを始め、バスで30分かかる静岡駅周辺でショッピングしたり、12歳にしてひとりでジュリーのコンサートに行ったりと、ひとり好き好きモードは加速していくのであります。(つづく)

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アントワネットさま伝説2

2015-01-29 20:51:00 | ノンジャンル
ひとりっこのアントワネットは、遊び相手がいないゆえ、ひとり遊びor本がお友達の日々。おもちゃはいっぱい持っていて、ネオンブライトやらママレンジ(←これが一番好きで、よくホットケーキやお好み焼きを焼いてました)やら、人生ゲームやら、仮面ライダーベルト、ひみつのアッコちゃんのコンパクトetc…。仮想の相手を設定しての、坊主めくりやババ抜き等など。お友達のお母さんには「ひとりじゃ寂しいでしょ」と言われまくったが、本人は気楽な妄想暮らし。競争相手もいないので、お菓子はあるだけ食べ放題。何の寂しさも感じない、平穏な日々は続いていくと思われたのですが…。

       
時は流れて、小学校に入学。ひとりで気ままに過ごしていたため、集団生活に適応できず(^^;しかも、いまだに洋服やら靴下やらも着せてもらっていたため、ひとりでは何もできず。初めての挫折は、参観日にぶち当たった健康診断の日。今じゃ考えられないだろうけど、お母さん方が観ている前で、着替えをさせられたのですよ。ひとりでは何も着られないアントワネットは、つりスカートのどこに足を入れていいかもわからず、すべての人の笑い者になるという屈辱。「あたくし、こんなことはもう耐えられない。これからはひとりで生きていくのよ!」と6歳で決意し、翌日からはすべての手伝いを拒否して、悪戦苦闘しながら朝の支度をしたのでありました。

集団で長時間いるのが相当なストレスだったせいか、給食を食べた後には必ずこっそり吐いていましたが、先生にもマリアテレジアにもそれを知られることはプライドが許さず、何カ月もの間、そんな日々が続いたのでした。つらい時はひとり本の世界に逃げ、小学校に行くのを嫌がるそぶりも見せずに知らん顔して通学する毎日。ここから、他人行儀な親子関係が始まったのでございます。(つづく)

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アントワネットさま伝説1

2015-01-29 20:14:00 | ノンジャンル
寒いですね…。明日は関東でも雪の予報。毎日毎日5個も6個も予定があるサバイバルな日々の為、ブログを書く気力も枯渇しておりますが、さすがに明日は何もないだろうということで、久々に与太話でも…。

わたくし最近、ダーさまにアントワネットさまと揶揄されておりまして(^^;幼少期からのいろんなことを考え合わせると、それもいたしかたない気がしております。そんな、ひとりっこのエピソードをご披露いたしましょう。 

       
まずは、赤ちゃん~幼稚園時代。母によると(えっとぉ、マリアテレジアっつーところ?)未熟児だったゆえ体が弱くて、一生懸命ミルクを飲ませてもケホッと吐く、用心していっぱい着せてても風邪をひく手のかかる赤子だったそうで。でもね、当時の写真を見ると、着せられ過ぎでダルマさんみたいだし、これじゃ汗かいて風邪ひくんじゃね?マリアテレジアはしつこい性格ゆえ、ミルクも必要以上にズブズブ飲ませていたんじゃね?とか思ったりして(--;

何せひとりしかいないので、手をかけ放題の超過保護。幼稚園の頃は、靴下を履く時は「はい、左のあんよ出して」と言われて履かせられ、セーター着る時は「バンザイして」と言われ、まさに着せ替え人形状態で自分では何もせず(何もさせられず?)、長い髪は朝、いろんな三つ編みにしてもらい、靴も履かせてもらって出発。幼稚園バスでは、顔が好みで大好きだった伸ちゃんの隣に座れないとご機嫌斜めなアントワネット。

自分でも、こりゃヒデ―なと覚えているのが、ご近所のお友達のまちこちゃん、みどりちゃん、いさむくん、まちゃくん(時代を感じる名前ばっか)が遊びに来ている最中にもかかわらず、好きなTV番組の時間になると、ひとりで集中して見たいがために「バイバイ」と言って、帰しちゃったこと。高慢ちき極まりないアントワネットさまでありました。(つづく)

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