時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

歴史の真実とは何かを知る:アメリカ人種差別問題(2)

2017年11月11日 | 書棚の片隅から

アメリカ南北戦争前の奴隷制度と反乱:
南部の多くは奴隷制度維持の諸州
北部は自由州、西部の白色部分は所有、去就が

未だ定まっていない地域 

1526-1684年
313件の記録:Vieginia 84, Louisiana 42, South Carolina 42
quoted  from the Internet public source

 やや旧聞になるが、MBAのワールド・シリーズでは、不本意な結果に終わったドジャーズのダルヴィッシュ投手に対して、アストロズのグリエル内野手がアジア人への人種差別的行為を示したことで、思わぬ話題を提供することになった。幸い双方の節度ある行動で、それ以上には悪化しなかった。

「差別」への社会的制裁
アメリカではこうした「明白な差別」的行為が時に公然と起きるが、他方ではそれらを批判する社会的正義も働いている。むしろ、「明白な差別」overt discriminationは「隠れた差別」covert discriminationよりは対応しやすいところがある。日本にも様々な要因による「差別」が存在するが、どちらかというと「隠れた差別」で陰湿な面がある。

アメリカを引き裂く人種問題
「差別」という行為はしばしば動機が複雑で解きほぐすことが難しい問題だが、アメリカの場合は、その建国の過程での経緯から、人種問題が今日まで根強く存続している。かつてアーサー・シュレジンジャーが「民族が国を引き裂く」と述べたことがあった。現在のアメリカが分断状態にあることについては、黒人(アフリカ系アメリカ人)、白人、ラテン系、アジア系など、移民国家を構成する人種間に複雑な軋轢が見て取れる。さらに最近では、アメリカが経験しつつある様々な社会的分裂現象には、人種あるいは宗教(とりわけイスラムとその過激派IS)という要因が強く関わっていることが多い。アメリカという複雑な大国を理解するには、この人種や宗教問題の本質と変遷を深く理解しなければならない。

「地下鉄道」という舞台装置
いずれ邦訳も出るようだが、前回、例に挙げた作品も単なる過去の話ではない。アメリカ社会に深く根付いた偏見・差別の根源についての理解が欠かせない。邦訳もいずれ出るようだが、 C.ホワイトヘッドのピュリツアー賞受賞(2017年の小説部門)作品「地下鉄道」 The Underground Railroadは、アメリカ南東部ジョージアのプランテーションで過酷な労働に明け暮れる少女の奴隷コーラ Cora が自由を求めて逃亡を企て北を目指す。時は1820年頃に設定されている。「地下鉄道」は複雑な意味を持つが、逃亡についての知識、隠れ家、逃亡の経路など奴隷、自由を獲得した奴隷、奴隷への白人同情者などの間で築かれたものだ。逃亡奴隷をなんとか安全な地帯へ逃すため、様々な手助けをする一種の秘密結社だ。「鉄道」も貨車、客車、馬車、山林地帯の秘密の通路、その他さまざまな手段が想定されている。一見、事実を背景とする逃亡小説のようだが、ホワイトヘッドは想像力を駆使して、歴史を生き生きと見せる装置として工夫を凝らしている。人種問題を知る人にとっては、強い迫真力がある。単なる皮膚の色の違いが差別を生むわけではない。今日の社会に根強く残るアメリカでの人種差別の根源には、奴隷制度が作り出した暗く、残酷なトラウマが拭い去られることなく残存していることが大きく影響している。

緊迫した雰囲気
奴隷制度が存在していた当時は、逃亡奴隷は、プランテーションの経営主、奴隷捕獲人 slave catcher などが後を追い、多くは捕らえられ、連れ戻されて首吊りなどの極めて残酷な処刑の対象となる。見せしめのために恐ろしい手段が使われる。コーラの場合も、一度は捕らえられるが、逃亡に成功する。逃亡は通常、徒歩で伝聞による経路をたどり、北部諸州やカナダまで歩くしかない。話は第3者によって語られる形式だが、波乱万丈、息を継がせぬ迫力がある。ジョージアからサウス・カロライナ、ノース・カロライナ、テネシー、インディアナと北の自由州への道を必死にたどる。各州 stateそれぞれが対応、環境が大きく異なるのだ。初めて、広大で見知らぬ旅をする逃亡奴隷にとっては、大きな恐怖と危機が付きまとう。地下鉄道の内容については、機密維持の必要があって、全て口頭の伝承で秘密裏に伝えられてきた。経路は文字では全く記されず、すべて伝聞で密かに伝えられてきただけであった。複雑で危険に満ちた網目をたどり、彼女はようやく追っ手から抜け出し、西へ向かうキャラバンに合流する。彼女はたまたま出会った黒人のワゴンへ乗り、自由な地を目指す。しかし、その先に待ち受けるものについては、これまでの経験以上に全く分からない。


ナット・ターナーの反乱
アメリカにおける差別の問題は、対象は人種、性、宗教、思想など様々だが、研究の蓄積という点でも「人種」差別、とりわけ白人と黒人の間に生まれる差別が最も多い。背景には長い奴隷制度の歴史があるので、その点を理解しない限り、今日でも頻発している問題を理解することは難しい。アメリカ社会の奥深く潜在し、人々の生活風土のあり方を定めている。

南北戦争前の奴隷制度は極めて過酷なものであったため、しばしば限度に達した奴隷の反乱など衝撃的犯行もあった。中でも、ウイリアム・スタイロンによるナット・タナー(1800-1831)に率いられた反をテーマとした小説は大変良く知られていて、本ブログでも記したことがある。ナットが神の存在を感じ、反乱の時と決断したような幻視を見た情景など、今も思い出すことがある。反乱後に捕らえられたナットの「告白」と思っていた裁判文書が、実は弁護人によるもので、本人の手によるものではないことも驚きだった。歴史における真実とは何であるかを後に身にしみて感じた。「事実」factsと「真理」truth の区分を思い知らされた。

 

* 桑原靖夫『国境を越える労働者』岩波新書、1981年。

* Colson Whitehead, The Underground Railroad, Fleet, 2017.(コルソン・ホワイトヘッド、谷崎由依訳『地下鉄道』早川書房)

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