新しいアメリカの大統領が生まれるには、多くのドラマがあった。人種や宗教にかかわる偏見など、とてつもなく高い障壁を乗り越えるには、あの長すぎたと思う選挙過程に費やされた時間や労力も必要だったのかもしれない。すでに、多くの論評がなされている。様々な批判を超えて今はただ、アメリカはやはりすごい国だという思いを新たにする。
選挙結果を見つめる人々の表情からは、自分が選んだ候補への確信と期待、新しい歴史の形成に自ら参加しているのだとの熱気が伝わってくる。日本にはこうした光景が生まれないことを寂しく思う。
新大統領が、ホワイトハウスで飼うことを娘さんに約束した犬のことが、メディアで話題となっている。大統領も普通の人なのだという親近感を持たせる巧みな演出だ。犬は重要な役者だ。あのフランクリン・D・ローズヴェルト(FDR)の時も、愛犬が新聞記者の注目を集めた。
これから新年1月の就任式に向けて、新大統領が置かれた環境は、偶然とはいえ、1930年代フランクリン・D・ローズヴェルトが直面した状況とかなり似てきている。大恐慌の時と同様、ウオール街が金融危機の震源地となり、その影響は世界へと広がった。アメリカが関わる戦争に終息の兆しは未だない。新大統領は、アメリカそして世界の問題の解決を迫られる立場にある。明確な方向設定とリーダーの強い意志が必要だ。
バラック・オバマ新大統領やFDRの人生の生き方、考え方を見ると、逆境や苦難に耐えて生き抜いてゆく一人の人間としての確たる存在を知らされる。すっかりひ弱になってしまい、お互いに傷をなめあっているような今の時代の日本人には見出せないものだ。
「私の政策は・・・・・憲法のようにラディカルだ」。フランクリン・D・ローズヴェルトは、1932年の選挙キャンペーンの折にこう述べている。国民のためには、自らが属する社会階級の利害すらものともしないという気概だ。FDRは電力会社を国有化するのではないかといわれた時の言葉である。そこには、日本人が直感できない重みがこもっている。FDRの評伝は、70年を超える今日でも新たに書き下ろされ、出版されている。時代を超えて強く訴えるものがあるからだろう*。
FDRは、祖先がピルグリム・ファーザーズの一人としてアメリカに来たこともあって、愛国的であり、強い自信の持ち主だが、名門の家系にありがちなスノッブ的なところはなかったようだ。人当たりは柔らかなのだが、内に強さを秘めていた。フランクリンの友人レイ・モレイは、フランクリンには弛んだところがないとして、「怒ったとき、彼は強硬であり、頑固で、機知に富み、そして厳しい」とその精神的な強靱さを評価している。人間は平静な時よりも、興奮・高揚した時にその本性が出るようだ。
評伝が伝えるところでは、FDRは危機に直面した場合、驚くほど厳しい対応ができた人物だった。それでも多くの政策の本質と結果は、むしろ保守的なものだった。しかし、必要な時には人々が驚くほどの強い決断ができるラディカルとして、彼は古い秩序を作り直し、ジェファーソン以後、どの大統領にもましてアメリカの力を強めたといわれる。
他方、公的な生活以外ではかなり複雑な事情を抱えていた。これについては、やはり身体的な障害が根底にあったようだ。31歳で海軍少尉に任官するが、8年後ポリオにかかる。一時はかなり病状がひどいようだったが、幸い決定的に麻痺したというほどではなかった。しかし、下肢の麻痺は残り、補助器具なしでは歩行できなくなった。罹病後3年した1924年までに、彼は民主党の指導者のひとりとなる。
政治家にとって健康状態が万全でないとの風評は致命的となる。FDRはジャーナリズムのしつような批評にも耐えて、障害を問題とさせなかった。そして、なによりも考え抜き、心に決めたら動かない強い意志が彼を支えた。その強さが、1928年ニューヨーク州知事に、そして大恐慌の最中の1932年、大統領に選ばれるまでに押し上げた。
勇気、魅力、才気と狡知さ、隠された強さなどが、FDRをしてアメリカ資本主義を危機の底から救わせた。しかし、彼自身が語ったように、大恐慌を終わらせたのは、大戦に勝利したことが大きく寄与し、ニューディールが大きく成功したとは言い得ないようだ。オバマ大統領にとっても、アメリカがかかわる戦争を、これ以上の犠牲を伴うことなく早急に終わらせることが最重要課題だろう。
FDRは、ファシズムの危険を国民に辛抱強く説いた。国際政治の舞台での対応については、必ずしもうまく立ち回ったとはいえないようだ。この点は、チャーチルは老獪だった。他方、FDRはアメリカの大統領に忠告しようとした押し付けがましいケインズを「イギリスのインテリ」として斥け、パリの講和会議でもケインズを重要な立役者とはさせなかった。オバマ大統領は外交面でどんな手腕を見せるか、注目点だ。
FDRは、今日リンカーンに続く偉大なアメリカの大統領として評価されている。重大な身体的障害、大恐慌、そして大戦で試練を受けた。戦時、平和時のいずれにあっても政党、官僚、議会、メディアを通して巧みに働きかけ、アメリカを彼があるべきと思う方向へ導くあらゆる手段を使ったと評価されている。オバマ新大統領もメディアへの対応は、日を追って巧みになった。
新大統領の直面する課題は、FDRの時もそうであったように、アメリカばかりでなく、世界の命運に重くかかわっている。ホワイトハウスとの距離は、日本人にとっても格段に短くなった。明るさが見える新年を期待して待ちたい。
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H.W.Brands. Traitor to His Class: The Priviledged Life and Radical Presidency of Franklin Delano Roosevelt. Doubleday: 896 pages, 2008.
Change We Can Believe In: Barack Obama's Plan to Renew America's Promise (Paperback), 2008.
すると即答で、『プレジドン・ルーズベルト!』と嬉しそうに答えました。理由は、金融危機・大恐慌に取り組みアメリカを救ったこと、国民から4期という回数を選ばれて大統領を歴任したのはルーズベルトだけであること・・・。いかに国民から慕われていたかが分かる、と答えてくれました。
ちょっとマニャックな自己流の研究((?!)をする子ではありますが、デタラメなことは何もないなとホッと致しました。私は、ルーズベルトが大統領に選ばれる以前に小児麻痺を患っていて下肢麻痺のハンディを背負っていたことに驚きました。長男の、この大統領が好きだという理由にもこのことがありました。苦難は人を卑屈にもしますが、大国を背負っていける偉大な人間にもするのですね。とても興味深く拝見させていただきました。