「トライアングル・シャツウエイスト火災事件」で、多くの人々の涙を誘ったイラスト記事。
Source:"Tad in the New York Evening Journal expresses the sentiment of many",
quoted in The Triangle Fire by Leon Stein, ILR Press (an inprint of Cornell University Press), Ithaca: New York, Centinnial Edition, 2011.
タイムマシンはまた現代へ舞い戻ることになった。5月2日、PBSの番組 NEWS HOURで、4月28日、バングラデシュの首都ダッカ近郊サバールで、縫製工場などが入るビルが崩壊し、その後火災を起こし、若い女性労働者を中心に370人を越える死者(5月4日現在では500人以上との推定)を出した大惨事について、2人の専門家とキャスターが議論をしていた。専門家はグローバル化の研究者であるジョージタウン大学のリポリ教授とタイム誌記者のポンドレール氏だった。
それによると、4月28日、最後の生存者と見られていた女性の救出作業中に火災が発生し、女性は死亡した。この世界に伝えられた悲惨な事故で、4日以上におよんだ生存者救出作業で、女性は唯一の希望の光となっていた。彼女はすでに夫を亡くしていたが、一人残った息子のために必死で生きようとしていた。
議論で注目されたことは、リポリ、ポンドレール、そしてキャスターの3氏が、それぞれにニューヨーク市で1911年3月25日に発生した「トライアングル・シャツ・ウエイスト火災」事件を例に挙げていたことだった。日本ではアメリカ史の研究者の間でも必ずしも知られていない悲惨な事件だが、当ブログではすでに何度かとりあげている。
バングラデシュの事故での犠牲者の多くは、崩壊したビルの中にあった縫製企業の女子工員だった。最新の統計では、バングラデシュの衣服産業は、中国に次ぐ世界第2位の同国を支える重要輸出産業である。バングラデッシュのアパレル産業は年間産出額200億ドル、直接的には300万人を越える労働者を雇用し、製造業雇用の40%近くを占める。間接的には1千万人を越える労働者がアパレル・繊維産業で働いている。バングラデシュのアパレル製品の輸出が始まったのは、1970年代末であり、その後の成長ぶりは驚異的なものであった。現在では中国に次ぐ。同国の主たる輸出先はEU15カ国とアメリカである。
バングラデシュのアパレル産業の競争力は、世界のアパレル産品輸出国の中でも際だって低い労働コストにある。これに加えて、同国の衣服加工産業は、手工業時代から伝統産業として長い歴史を有してきた。そのために、ニットの分野などではローカル産業が根強い競争力を蓄積してきた。
そして、最大の競争力である労働力は、圧倒的に若い女性たちである。彼女たちは信じられないほど低廉な賃金、そして劣悪な環境下で働いている。トライアングル・シャツウエイスト・ファイア事件の犠牲者が、ほとんどすべて若い移民労働者の女性であったように、今回の事故の犠牲者も若い女性たちだった。
ビルの所有者はモハメド・ソヘイ・ラナと呼ばれる富豪で、建物はラナ・プラザとして知られ、3つのアパレル加工企業が操業していた。火災は建物の崩壊後、生存者の救出のためにコンクリートを補強していた鉄線を切断する作業でスパークしたことが原因のようだ。
ビルの所有者ラナはインドへ逃走中に国境付近で逮捕され、ダッカへ連れ戻された。ビル内に工場を持つアパレル加工企業グループは、3.122人を雇用していたと発表したが、当日実際に何人が働いていたかは明らかではないとしている。生存者は約2,500人と伝えられている。これらの企業の経営者も逮捕されたようだ。
図らずも明らかになったことは、ここで働いていた労働者の劣悪な賃金だった。彼女たちは月38ドル(4000円弱)という驚くべき低賃金で働いていた。そして、加工された製品は中間加工業者を経由して著名な国際的企業のブランドで世界中で販売され、年間数百万着のシャツなどの衣服が生産されていた。現在の段階では、このビル内にあった企業で生産された製品が最終的にどこの企業の製品ブランドで販売されていたかは明らかにされていない。
このラナ・プラザ火災事件は今の段階では未解明な点が多いが、バングラデシュの歴史に残る国民的な出来事として、末永く記憶されることだけは間違いない。こうした悲惨な事件は、その後の労働安全衛生、建築規制などの改善につながったことが多い。この事件がそうし改善につながることを期待したい。
追記:
5月11日現在、犠牲者の数は1043人という悲惨きわまりない数に上った。唯一の救いは若い女性ひとりが17日ぶりに救助されたことだ。この事故の詳細な評価がいずれ行われるだろう。
はるばるご旅行先からコメントいただき、大変有り難うございます。南欧の素晴らしい旅をエンジョイされていることと存じます。
バングラデシュの大惨事も次第に真相が明らかになり、今日の段階では犠牲者数は600名に達したとのこと。最終製品のブランド名も次第に明らかになり、その多くが犠牲者の着ていたシャツのタグやシールから判明したとのことで、なんともやりきれない思いがします。グローバル化の陰と片付けるにはあまりに悲惨です。2001年はニューヨークのThe Triangle Fire の100年目、centennial に当たり、多くの追悼、回想行事がありました。バングラデシュの100年後は、いったいどうなっているでしょう。
スペイン、ポルトガルの経済も実態をご覧になると、色々とお感じになった点が多いことでしょう。若年者の失業率は、全労働力人口の失業率のほぼ2倍というのは、労働経済の実証結果のひとつですが、ギリシャ、スペイン、ポルトガルもまったくその通りですね。私はいずれの国も経済が比較的安定したときに訪れたので、あまりの激変に言葉がありません。どうぞお気をつけて実りある旅をお楽しみください。
犠牲者には幼児の母親が多く含まれており、永久的な孤児支援を!との動きが出ているようです。日本にもこの縫製工場から始まったアパレルを愛用している人々も多いですね。心が痛みます。
マドリッドの現地ガイド(マドリッド大学卒の日本人)の言葉が印象に残りました。「皆様は、人口の精々5%の層の人に会っているだけです。失業率は25%+, 若年層では50%+です。」