【ギリシャ大使】米国はダブルスタンダード。クリミアよりもキプロスの方が深刻な問題だ。
主要各国首脳がソチオリンピック開催式への出席をボイコットする中、日本では安倍総理が開催の祝辞に駆けつけてプーチン氏との蜜月をアピールし、テレビもメダルの獲得個数に一喜一憂していた。それを傍目に準備され、電撃的に行なわれたロシアによるクリミア併合。これに対してEU諸国と日本はアメリカとともに経済制裁をとることになったが、諸国間にはロシアへの対応に対して温度差があるとされている。しかしながら、「英・仏・独以外のEU諸国が今回のクリミア併合について具体的にどのような意見を持っているのか」は国内でほとんど報道されることがない。そこで本紙では今回のクリミア併合に対して、もっと多面的に見てみようという趣旨で、自国もトルコとの間で長く続くキプロスの領土問題を抱えるギリシャ国・駐日大使のニコラオス・ツァマドス氏に同国の大使館で3月26日、お話を伺った。
ニコラオス・ツァマドス大使「私の見たところ、今回のクリミア問題で浮き彫りになったのは、国際秩序における公平性 の欠如とアメリカによる自国中心外交の問題だと思うね。そもそも、アメリカの外交は酷いダブルスタンダードで行なわれている。私たちギリシャが被害を被っ ている、トルコによる不法なキプロスの占拠と、国連加盟国ではトルコを除いてどこの国も国家承認を行なっていない、北キプロスの『疑似国家』体制はクリミアより酷い国際法違反だ。
今回のクリミア問題では米国はロシアの国際法違反を痛烈に批判しておる。それにも関わらず、キプロス島の問題についてはどうだ?アメリカは自分の同盟国トルコには抗議しないし解決しようともしていないだろう。こんな外交のどこにフェアネスがあるといえばいいのか。
ロシアはライバルだから抗議する、トルコはNATO加盟国だから抗議しない。こんな明白な都合勝手はないよ。
アメリカは、自国がスーパーパワーでありたいために、敵が欲しいようだな。そのために、まるでロシアがコミュニストである様な印象を与えて、プーチンが 元KGBであることを強調しようとしている。そもそも、報道の仕方がフェアじゃない。アメリカのCNNやイギリスのBBCといった放送局は自国政府の都合 が良い様に偏向しているのが現実だ。たとえば、エドワード・スノーデン氏のNSA活動に関するリークに付いても報道を十分に行なっているとは思わない。ちょうど、ジミー・カーター元米国大統領が昨日おもしろいことを言っていた。「私は手書きの手紙を郵便で出すよ。私がE-メールを出せばNSAから絶対に傍受されるに決まっているからね。」と。こう言うニュースはCNNでは報道されないだろう?
偽善は外交だけでなく経済の分野でも甚だしい。アメリカの資本主義は自由主義経済を標榜しているが、これは裕福な一部の人間に利益をもたらすシステムで、自由貿易の思想的バックボーンたちが考えたものと異なるものだ。古典的な思想家をあげるならアダム・スミスであれ、もう少し後の時代のジョン・スチュアート・ミルであれ社会全体の福祉を課題として考えていたが、米国の政策にはその思想が反映されていない。これは歪んだ自由経済だ。
2週間前、ノームチョムスキーが、日本に来て上智大学で講演したんだが、その後半で彼も『現在の資本主義』についてはつよく批判していたよ。レクチャーの前半は彼の専門である言語学の話題だったがね。まあ、チョムスキー氏の見解は極端すぎるという人もおる。しかし、オーソドックスな経済学者、ミルトン・フリードマンも現在の資本主義が健全な状態とは考えていない。ほら、ここに昨日のJapan Timesがある。提携先のニューヨークタイムズから掲載されてる彼のオプ・エドを見たらいい。だいたい、うちの国はイギリスとアメリカから1830年代に借りた金の利子を1970年代まで払い続けるはめになったんだぞ。おかしいと思わないかい。
付け加えるなら、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』があるだろう。あの本もよくアメリカの姿勢を説明できると思うね。彼の指摘した西洋中心主義的な思考方法はアメリカがまさに体現している。だいたいだ、外交で対等な立場の相手に対して、「失望した」なんていう表現は使わないだろう。もし私たちが家族だったとして、兄が弟に使うような言葉でもない。まるであれは父親が子どもにいう言い方だった。我々ヨーロッパの国はもっと敬意を払った表現で、お互いの国の話として話をする。米国の傲慢は行き過ぎだ。」
インタビューのバックボーン
*ギリシャ大使館は、東京港区、西麻布の閑静な高級住宅街で大使館の多く集まるエリアの一角にある。食事好きな方には、フランス料理店「ブルギニオン」(筆者・江藤は味付けとワインサービスの質に少し疑問を持っているが、それは全く別の問題)の角を曲がってすぐのところにあるといったらわかりやすい。なお大使の執務室には、小説家・村上春樹氏(ギリシャで生活の経験があり、小説でもしばしばギリシャ文化の要素を重要な舞台装置として取り入れ、実際に島が出てきたりする)の謹呈した著書がおかれている。
**ニコラオス・ツァマドス駐日大使・・・先祖は代々、海運事業を営む家系で、父は西ドイツのボンなどに大使として赴任した外交官。ところで、書き始めるときりがないがーーーーツァマドス家の歴史は非常に長い。オスマントルコがギリシャの多くを占領していた時期にも、先祖はトルコの支配を受けることなくイドラ島を拠点に独立して海賊として活動した。またキリスト教の宗派が東方正教会である関係上、南下してバルカン半島での影響力を増してきたロシアとは友好的な関係を築き、ロシア船籍を得て活動していた時期もあるという。なおナポレオン戦争の際にはクリミアから小麦を買い付けて、海上封鎖を突破してマルセイユ港へ大量に輸入して高値で売りさばくなどして、財を成したとのことである。それを元手にギリシャ独立時には経済的な面からも支援した。大使自身もそのゆかりで海軍での兵役を経て、外交官となったという。
学位はソルボンヌ(Université Panthéon- Sorbonne :Paris I)で法学士とLLMおよびベルリン自由大学(Freie Universität)で博士号を取得。使用可能言語は、ギリシャ語・英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語。専門は戦争法。