小歴小酒小本

周辺の神社、仏閣を探索して、力をもらっています。

上徳の三島神社と桜元大明神さま

2014-02-23 15:24:42 | 日記
 私が生まれた地の氏神さんです。

小学校から中学校にかけては、御神輿を担ぎ、夜には相撲をしていました。土俵の周りにろうそく

をたてて、とても幻想的だったのでしょう。

もう今は、この奉納相撲というのでしょうか、相撲を神社でとっているところは少ないのではない

でしょうか。

数年前に神社まわりをしていたときに、どこの神社だったかわすれましたが、1回だけ、前日にで

も相撲をしたらしい土俵の跡が残っているのを見かけた事があります。


 最も身近な神社なので、少し調べてみました。

以前愛媛新聞に折り込みとしていれらていた「こちらいまばり」と、いつも拝見させてもらってい

ます「愛姫伝」(2012年4月)に見つけました。

けっこう地元のことを、調べてのこしてくださっているものです。とても丁寧に書かれています。
 

 境内社がたくさんあります。

鳥居をくぐって正面に拝殿・本殿があり、左に行くともう1つ鳥居があり、それをくぐると、須佐

之男神社があり、その右に大己貴神社、また左には小さな池があり真ん中に社があります。池に水

はありません。何神社かわからないのですが、「愛姫伝」にも書かれているように弁財天さま・イ

チキシマヒメノミコトさまのように思われます。


さらに拝殿の左の階段を上って小高い山の上にいきますと大きな屋根の中に5つの祠があります。

真ん中の社が大きくて、左右に小ぶりの社が2つずつあります。

表札のようなものがあります。

天照皇大神(真ん中)、鷺大明神、野之明神、山祗神社、須佐之男命と書かれています。

「愛姫伝」では、鷺大明神さまにこだわっていました。

その左奥には、おそらくそもそもの信仰のもとの磐座と思われる大きな岩があります。

太古の昔から鎮座され、皆様からあがめられていたのでしょう。
 

 728年に国司越智益躬(おちのますみ)が大三島から勧請したとのこと。

越智益躬といえば、鉄人伝説の人です。


1300年も前からずっとこの地にあられ、信仰され続けられている神社、すごいですね。

日本中に何万社あるのでしょうか。歴史は嘘をつかない。正直だ。
 

 この神社から200メートルくらい離れた田んぼのなかに小さな祠があります。

桜元大明神といいます。毎年、お正月に、氏神さんにお詣りして、この桜元大明神さまをお詣りし

ています。(桜元さんの世話をさせてもらっていた母に連れられてでしたが、母が他界してもうす

ぐ4年)。


今年も詣らせていただきました。この桜元大明神さまのいわれは、また後日に。
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