ニュージーランド移住記録:日記「さいらん日和」

2004年に香港からニュージーランドに移住した西蘭(さいらん)一家。子育て終了、仕事もリタイア。好きに生きる記録です。

ラロトンガ行:ラロで散歩部

2016-07-17 | 旅行
4月のクック諸島ラロトンガ旅行もやっと5日目。
(※あまりの旅行記の長さに書いている本人もわからなくなりそ


2日間お世話になったレンタカーを返して、私の希望で

一周32kmを歩く
(※地図はクックアイランズより)



・・・・というのをユルめ目標に、より現実的に
歩けるところまで歩こう!ということに。


バスやクルマから見ているだけではなかなか出会えない光景。

いきなりヤギだし。


ビーチバレーコートだし。



とてつもないポンコツ車が部品が使えるからって

100ドルとか、ありえない。
これで売れたらビックリ仰天。


スタンド

島の生活が垣間見えます。


西のホテルから時計回りだと左手はずっと海



リーフの白波がキレイ



バイクでトレーラーを引いて家具だか建材だかを運んでいた人。

何度もすれ違い、何往復もしていたよう。
この大きさ、乗用車じゃ運べないけど、バイクなら運べるという
ラロ・マジック(笑)


その前のトラックの荷台の人も

ラロな光景


ピックアップトラックがドーンと停まっているのは

国会


お向かいの旅行会社の方がよほど立派に見えるのは気のせいか?

(※じゃないと思います)


政府関係の建物は50年前のNZ領時代のものなのか、どれも古い!

反対に民間の建物は建て替えられているので近代的ですわ(笑)


でも、島の多くの人たちにはそんなこたぁどーでもよくて

こんなビーチサイドは早い時間から人が集まってきます。


ラロトンガ国際空港



歩道から出発ロビーに入れる~(笑)

駅というよりバス停かっ!


うーん、南国らしい開放感

(※そうなのか?)


スーパー

けっこうフツーのスーパーでした。


港に停泊していた水上警察

サイレンとか鳴る(←素朴すぎる疑問


さらにテクテク歩いて

プナンガヌイ・マーケット
土曜日以外はガラガラのよう。
何軒か常設の店が開いていたぐらい。


さらに行くと、こんなウォーターフロント開発計画の看板発見



えぇぇぇえ

ラロにこんなものができるのぉ


できないと思います(素)



政府肝いりのホテル開発計画が30年経ってもできないんだし!

(※この話はコチラ


逆に変わらないところが、ラロの良さかもよん
(※観光客目線ではありますが)


中心部だけはこんなに立派な道も



すぐにこうなり



あとはずっとこんなもの(笑)



沿道にはぽつんぽつんと店がありますが



こんな下着ショップは

入るのに勇気が要りそう


保健省



こ、これっ



このホテルは



朝11時から

ハッピーアワーらしいwww


やっぱり歩くと



島の生活が見えてきて



なかなかよかったです

緑の中の可愛い家
庭にはお墓


けっきょくムリまで、島半周16kmを歩きました

真っ平なのでテクテク歩くだけでラクっちゃあラクですが
とにかく暑くて
残り半周は次回にでも。


さぁ、バスで帰ってホテルでプールだぁ


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ポケモンGOフィーバー

2016-07-16 | 映画・文化
NZは世界的にも早い7月6日からポケモンGOスタート


その後のフィーバーぶりは世界共通かもしれませんが、NZは
スマホ所有者のポケモンを集めている比率が特に高いんだそうな。
すでに2週間近く経ち、ポケモンの話が新聞に出ない日はない!


ポケモンも集めてなきゃ、スマホどころか移住以来携帯もやめた
石器時代に生きてる私にはぜーんぜん関係ない話(笑)
スマホを振ってポケモンを集めている人にも遭遇したことなし。


夫や善(19歳)はランニング中にさえ見かけているのに、
同じようなコースを走っていても、見たことないなー


名古屋の温(22歳)ももれなくハマっていて、毎日歩き回っているとか。

伏見駅ではこんなのが取れるらしい
めっちゃ懐かしいピジョット
英語でもピジョットなのねぇ。


子どもたちが小さい頃は、ポケモンの名前や進化形を覚えさせられ
IQテストをされました(泣)
子どもたちはポケモン情報だけは
完全バイリンガルでばっちり把握
温もポケモンのおかげで自然にカタカナを覚えていました


世界中でコレクターが1日何時間も歩いているとか
山登りを始めるとか、カイヤックで海に漕ぎ出すとか
公園で遺体を見つけてしまうとか(←アメリカの話とか)
崖から落ちたり、クルマで事故を起こしたり
仕事を辞めてポケモン集めの旅に出る人も大勢いるらしく


ダイエットになったり
健康になったり
ケガ人になったり
失業者になったり
スゴいことですよね、これって



先月、部屋の片付けをしていたときにポケモンのフィギュア発見
コンタクトレンズの消毒液が入っていた箱に入っていてビックリ
(※温が使っていた消毒液だから入れたのはヤツかな?)


すぐにポケモン大好きなアッシュにプレゼント

4、50個あったのかな~?


アッシュのママが驚いて、
「こ、こんなにたくさん これネットで売れば300ドル以上よ!」
と言ってましたが、今のこのフィーバーなら500ドル以上なんだそう(笑)


アッシュが喜んで大事にしてくれれば、大人の財テクになるよりも
ポケモンたちも本望でしょう


Gotta Catch 'Em All
(ゲットだぜ


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ラロトンガ行:最初で最後のバイマ

2016-07-15 | 旅行
マイレヌイ・ダーデンを出た後、ホテルに帰る前にココへ。

バイマ・ポリネシアンバー&レストラン


ここのカレーが美味しいと聞き及んで

夫の目がハート


明るいうちに下見をしておき

バー


予約を入れて夜に備えようという訳です。

レストラン


ここはビーチの砂の上で食事ができるのがウリ



宿泊しているホテルでもできるので、すでに経験済

蚊も来ないし、なかなかロマンチックなもんですわ(笑)





夜に再訪すると・・・・



満席

予約しておいて正解でした。


でも中はこの通りガラガラ(笑)

やっぱり外が気持ちイイです


店内では写真に写っている人間ジュークボックスと化したピアニストが
これでもか!これでもか!と休むことなく見事な演奏
「持ち歌千曲」とか言われても、驚かないかも。
ものすごいレパートリーの上に素晴らしい音色


ウエイトレスに聞いてみたら、ジントニックがお好きということで
1杯贈りました
帰りしなの客がみんな挨拶していくほど、みんな感動していました。


さて、お食事は

夫の前菜イカマタ
ポリネシアン料理の代表選手
ツナなどシーフードの和え物
(※ちなみにイカは入ってません


私はシーザーサラダ

どこに行っても生野菜


お店のワンコなのかと思ったら、お隣さんの犬で

毎日出勤してくるそうです(笑)


メインは2人ともウワサのカレー

非常にサラッとした辛くない軽めテイスト
ナンの代わりにチャパティ


ビーチでの夕食はステキな音楽と華やいだ雰囲気と
フレンドリーなウエイトレスや可愛いホスト犬に囲まれ
休暇中らしく、明るく楽しい寛ぎの時間でした



後日、立ち寄ったカフェで2週間以上前の3月の新聞を手にすると



バイマが売りに出てる

オーナー夫婦がリタイアするため買い手を捜していました。


お店のサイトによれば、オーナー夫婦は2000年のNZ旅行の途中に
ラロトンガに初めて立ち寄りひと目惚れ。翌年には移住決行。
その後、ホスピタリティー産業で活躍し2010年にバイマを購入


こうやって同じ店でもそのときどきでオーナーが変わり
ぐるぐる巡って行くんですよね。
(※NZも一緒)


今のオーナーのもとでの、あの夜の楽しく明るい寛ぎの時間は

最初で最後になりました。


新しいオーナーのもとでさらに発展していくのかもしれませんが
なんとも温かな、余裕のある空間と雰囲気は忘れがたいものでした。
来年のハイシーズンにはもう新しいオーナーなのかな?


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NZ国際映画祭オープニング作品「ポイエ」

2016-07-14 | 映画・文化
今年も始まりました

NZ国際映画祭


今夜はその初日ということでシビックシアターへ



趣味がイイかワルいかは別として(笑)



やっぱりここのライティングは最高



劇場の緞帳は夢の世界への入り口



それを取り囲む空間が



すでに夢の世界であってもいいよね

(※しかし、ここまでやっちゃうかNZ・・・笑)


今年のオープニングを飾ったのは

マオリ映画「ポイエ」


映画を観るまではポイエと読むとも知らず、

「マオリダンスで使うポンポンがポイだから、
マオリの音楽とダンスの話
ぐらいの予備知識ゼロでのこのこ出かけて行きました。


話の舞台がサウスタラナキのパテアという

眠っているような小さな町の話だと知り、ビックリ


パテアは2014年に初めて訪れ、去年も1度通過していました。

町の中心にマオリのワカ(舟)のモニュメントがあり、マオリ度高めの町


通りには空き家になった古い大きな建物ばかりが目立ち

過去の繁栄と現在の衰退のコントラストが印象的でした。


「どんな産業があって、人々は何で食べているんだろう?」
と帰ってきてから思わず調べてしまったほど、何もなかった場所。
そのときの記事がコチラ


19世紀からパテアを支えてきたのが、パテア冷凍工場
冷凍施設がある強みから、一時は世界最大のチーズ輸出基地でした。


しかし、業務の非効率や全国的な過剰供給で1982年に冷凍工場閉鎖。
100年の歴史に幕が下り、町は崩壊寸前の危機に見舞われました。



そんな町が映画になる?しかもマオリの歌とダンスで



70年代にオーストラリアで活躍したマオリポップのミュージシャン、
ダルとして知られるダルバニュス・プライムがその頃パテアに戻り
マオリポップの作曲をしていました。その中で「ポイエ」が誕生
冷凍工場の閉鎖から2年目の1984年のことでした。
(※ちなみに私が大学を出て、日本も出た年・・・・笑)


それを歌うだけでなく踊ったのが、パテア・マオリ・クラブの面々。
工場閉鎖で人が去った町に残っていたマオリの老若男女。
女性は民族衣装でポイダンス、男性は半裸で唱和し、みんなで
「ポイエ~ ポイエ~
とやったわけです


ヒップホップビートのマオリソングは国内ヒットチャートを上昇し
マドンナやマイケル・ジャクソンを差し置いて堂々1位に
この1曲だけを引っ提げてオークランド進出どころか
イギリスまで飛んでエリザベス女王の前で公演するという展開に


映画は片田舎で生まれたマオリの町おこしソングが大ヒットするまでの
道のりをリアルに丁寧に追ったドキュメンタリー作品。


ぺアレパ・カヒ監督自身もマオリで、「ポイエ」が世に出たときは7歳。
そのときの衝撃を当時の録画と生き証人の話を巧みに組み合わせ、
賞賛と自負が入り混じったマオリ目線でメガヒットの誕生秘話と
その後の成功を懐古していく構成。


しかし、「ポイエ」の成功はマオリだけのものではなく、映画の原題が
Poi E: The Story of Our Song (ポイエ:我々の歌の物語)
とあるように、「第2の国歌」とも言われるほど国民的なものでした。
私たちも当然ながらずっと前から知っている耳慣れた曲です。


在住の方なら曲名は知らなくても、聞けばわかることでしょう。

(※大ヒットした映画「ボーイ」のエンディングテーマでもあります)


大喝采で映画が終わった後は招待されていたパテア・マオリ・クラブの
オン・ステージ



ステージの上で延々と続くハグ、握手、そして



ホンギ(鼻と鼻を寄せるマオリの挨拶)



50人ぐらいいたかもしれない全員同士の挨拶が済んで

やっと会場に向き直り


カヒ監督も登場



ギターが届いて



ポイも届いて



準備完了

スチャ


ぃやったぁ

ポイエ・ライブ


会場全体が



「ポイエ~ ポイエ~



歌あり手拍子ありの



スタンディングオベーション

さ、最高
この温かさ、優しさ、素朴さ、強さ、ユーモアとユニークさ
久々にNZ魂を見たような


満席のオープニング、しかもこれがワールドプレミアっていうんだから
スゴい
30年前の町おこし映画で海外に打って出るらしい(笑)
でも製作がソニーピクチャーズだし、アリかも


ちなみに30年前にこのワカの上でブレイクダンスを踊っていた

マイケル・ジャクソンばりにガリガリだったヒゲの青年は


現在こうなってました(笑)

現役ダンサーで映画でも踊りまくり


しばらく頭の中で
「ポイエ~ ポイエ~
がこだましそう(笑)


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ラロトンガ行:マイレヌイ・ガーデン

2016-07-13 | 旅行
4月に行ったクック諸島ラロトンガでのドライブ2日目の午後は
ぜひ行ってみたかったココへ

ガーデン散策 1人5ドルを箱にお入れ下さい
なんだか素朴


橋の下のせせらぎには

初めて見た抽水植物


とっても美しい色と形



名前がわかりませんが、葉が立ち上がっているのが

なんとも可愛い


大好きな睡蓮も咲いていて

気分は極楽


緑に誘(いざな)われるように中へ中へ。



めくるめく南国の色












雨上がりだったせいもあり



ことのほか色鮮やか



南国らしさは色だけでなく形も

直線と放射状の美しさ


ヤシの林なんて初めて見たかも?



プランテーションだったら

気が遠くなるほどこんな感じが続くのか?


さらに丸い実が加わって

造形美


芽の出方からして立体的

まるで子でも宿しているかのよう!


こんなに日差しに溢れていても

張り合うように緑が伸びてきます。


大きな葉や長い葉を広げに広げて



目いっぱいの光合成



驚くほど丹精された素晴らしい

トロピカル・ガーデン



思っていた以上の美しさで



ラロに来たら必ず立ち寄るスポットになりそう



バナナさえも均整の取れた美しさ(笑)



これは苗を育てているのか

土盛した部分をヤシの葉で覆って保護しています。
実用的だしエコだし美しいし


ガーデンの中にはカフェがあり

キオスクが空いていてラッキー


ラロで有名というチーズケーキでコーヒーブレイク



見てのとおりかーなーりの量で2人1皿で十分でした。

フルーツはすべてガーデン産


エビサラダなんていうのもあったのか



マイレヌイ・ガーデン
むせ返るような緑に


心が浄化されるような場所でした。

ぜひ、またいつか


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ラロトンガ行:ドライブ2日目

2016-07-12 | 旅行
4月のクック諸島ラロトンガ旅行は
土曜日に出発したのに日付変更線を跨ぐ関係で、
現地には金曜日に着き、一夜明けてまた土曜日
3泊してやっと月曜日となりました(笑)


レンタカーでのドライブ2日目
ブランチを済ませ、食後のコーヒーを求めてカフェへ

ここがカフェ


・・・・なわけはなく、前日に訪れた

クック諸島キリスト教会(CICC)


・・・・の正面にある、こちら



ビーチカンバー・ビルディング

1845年にイギリスの宣教師たちが建設した元教会施設
サンデースクールや教会として利用され、道を挟んだCICCの前身
国会制度が導入されるまでは国会代わりにも利用されていたそう。


しかし、その後長い間放置され一時は白壁だけを残す姿に



再建が始まっていた1967年、大型台風に襲われて

壊滅的被害を受け


再び長い間野ざらしに。



1992年に始まった再建で完全に過去の姿を取り戻し



今は黒真珠やアートのギャラリーになっています。



ここにカフェがあるのを知っていたのでやってきました。

こんなに大きな看板も出てる
ザ・カフェ


中もなかなかステキです。

海を見ながらコーヒータイムかな




ここのはず?
誰もいない?
椅子もテーブルもぐちゃぐちゃ?


店の真ん中に建材?
ペンキの缶も並んでいました。

やってないっ


そのとき、黒真珠のお店の人が来てくれ、
「カフェはオーナーが休暇中で休業してますよ。」
と教えてくれました。


休暇に行くなら

看板ぐらいしまっていこ~よ~


仕方なく、近所のLBVへ。



そう、ブレックファストもランチもディナーもあるはずが



土曜日の夜にがっつり閉まっていたあのLBVカフェ(笑)



観光客のハートも地元の人のハートもつかみそうな

かわいい店内


でもやっぱりココも、コーヒーは

まあまあ(笑)
(※ムリ店と一緒)
でも人口1万人の島ですから、わがまま言ってはいけません


その後は、クック諸島国立博物館へ。



前日は日曜日で閉まっていたので出直しました。



1823年に宣教師たちがこの島にやってきたとき、

アバルアを治めていたマケア・ポリ


イギリス人宣教師たちが身の安全に不安を感じ島を離れる中
タヒチ人宣教師パペヒアだけが布教のために残ることを決め
ポリはパペヒアの滞在を認め、身の安全を保証したそうです。


こんな昔からラロの正装は真っ白だったんですね。



展示物は年代も展示品の使い道もあまり関係なく(笑)



雑然と並んでいて、



かつての日用品が多かったかな?



これは漁に使うもの。



こんな感じはNZマオリの彫刻に似ています。



展示品であり

売り物であり
値段がついてます!


確かこれも展示品兼売り物

国立博物館なのに
大らかすぎっ(笑)


クック諸島の国旗の変遷が国の変遷を物語っています。

1901-1973年NZ領だったのでNZ国旗



1973-1979年
1965年に自治権を獲得し、NZとは自由連合に。1973年に国旗変更。
クック諸島らしいグリーンの時期もあったんですね。


1979年にユニオンジャックの入った現在のデザインに再度変更。

英連邦諸国としてブルーを基調に15の白い星は島の数なんだそう。



数日後、別のカフェにあった3月の新聞に(訪問したのは4月

ザ・カフェが4月1日~18日まで休業するという三行広告発見
こういうのが新聞に載っちゃうのね(笑)


もうちょっとドライブがつづきまーす


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これまでも、これからも

2016-07-11 | 移住生活
10年前の今日、家の中はこんなでした。



まさに引越しの真っ最中



これが



こうなって



子どもたちのベッドもグルグル巻き



先代猫ピッピは庭の隅で固まり

目までギュッとつぶって(笑)


同じく先代猫チャッチャも隠れているつもりながら

丸見えで(笑)


引越し業者が闊歩する家の中から避難

していたつもりらしい


私は私でミュウミュウでスーツか何かを買ったときの袋が
いわゆるプチプチでできていて

それにホットプレートがピッタリ入った
ことに痛く感動して、ホットプレートが透けて写るよう
何度も写真を撮っていたという
引越し当日のてんやわんや
(※そうなのか?)




今やすべてが懐かしい思い出です



荷物を運び出してガランとしたリビング

近所の子どもたちのたまり場でした。


お絵かき大会だの
ダンス・コンテストだの

即興でいろいろな企画が決行された場所(笑)


仕事部屋

この部屋で2005年2月3日の夜に突然、
「永住権申し込もう
と思い立ち、夫に協力してもらい2人がかりでネットの申し込み終了。


2005年5月31日に永住権取得

すぐに家探しを開始するものの、この借家が気に入っていたこともあり
なかなかそれ以上の理想の家に出会えず、60軒以上を下見


やっと家を見つけて購入、引越しとなったのが7月。

2年間お世話になった借家には今でも愛着があります。


子どもたちの笑い声が絶えない家でした。

1ヶ月に延べ100人以上を招いたこともあり、今は昔(笑)


たいした家具もなく、何度も自分たちで往復して引越しを済ませ

家具や大型家電だけ業者に運んでもらいました。
七夕の笹も引っ越してきました。
@新居の仕事部屋


いきなりこんな夕焼けに迎えられ



「そうか、これからこんな光景を見ながら暮らしていくのか

と思いました。


年は違っても同じ日なので

庭の様子も同じようなもの(笑)


これからも7月11日を迎えるたびに

あの引越し、今の生活の始めの一歩を思い出すでしょう。


この家で10年。
これまでも、これからもNZ移住生活はつづきます


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不況の過ごし方

2016-07-10 | 海外子育て
さいらん家にはいくつもハウスルールがあります
紙に書き出して家族全員が署名したような厳密なものではないものの
長年何度も確認し合っている内容なので全員が理解しています。


その中の一つに、
親の教育支援は大学まで
というのがあります。


大学を出た後、社会に出ようが学業を続けようが、
それは子どもたちが個人的に決めて実行することで
親は口も挟まないけれど、カネも出さないというもの。


親たちも大学卒業までの学費はそれぞれの親に出してもらったので
次の世代にも同じことをしていこうという趣旨です。


結果的に長男・温(22歳)にはオークランド大学半年、名古屋大学4年、
日本行きの支度や仕送りも含め、かなり費用がかかりました。
でも、ハウスルールなので私たちは粛々と支援してきました。
それもとうとう終了し、後は8月の卒業を待つばかりです。


次男・善(19歳)は海外留学にはとんと興味がない地元LOVE

自宅通学で三食+ランドリーサービス付きの日々
よく遊びに来るGFにも、必要であれば翌日のお弁当サービス付き


彼女自身、ジャパニーズ・ベントウが気に入って

ダイソーでお弁当箱を買い、自分でも作り始めました(笑)
なかなか雰囲気出てます。グッジョブ



しかし、ここに来てハウスルールを緩和することにしました。


6月以降夫婦でいろいろ話し合い、NZは(というか世界的にでしょうが)
今後景気が急速に悪化して、2017~18年頃には景気後退に陥る
という見通しを固め、家計を不況対応にしました。


我が家はかなりの借金がある上(素)、収入が定まらない自営業。
金利動向には細心最大の注意が必要なのです。


2017~18年と言えば、善の大学卒業年。
NZの大学の経済学部や文学部は3年制ですが、成績優秀者は
オナーズという優等学位が出る4年生までやる場合もあります。
3年なら2017年卒。オナーズなら2018年卒。

ここに通うのもあと1年半か2年半か?


慎重な親の見通しで言えば不況の只中、そこまでいかなくても
新規採用を絞り込んだ、厳しい雇用環境での就活になるかも?


そこで、卒業のときに景気が悪化していて就職難だったら
大学院に進んで、その場合は親が学費を支援する
というハウスルール緩和を申し出ました。私の提案です。


温が卒業して自立しているタイミングなので、なんとかなるでしょうし、
そもそも温にかけた費用を思えば、たいした額でもありません。


「うーん。ありがとうだけど、大学の後そのまま院には行かないと思う。」
というのが本人の返答。



どうせ行くならMBAだろうけど、MBAこそ業務経験を積んでから行くべき
というのが善の意見で、親もこれには全く同感。

これですわな。


しかし、その考えも覆るような不況になったら?


1997年のアジア通貨危機を株式のディーリングルームでリアルに経験し
タイ、マレーシア、韓国と金融市場が次々に崩壊していくのを見て
本当の危機とは想定外のことが起きること
というのを肌身に感じ、今もそんな「想定外」のことを想定しています。


危機の中、懇意にしていたタイやマレーシアのディーラーが次々に消え
リストラに遭う遭わないに関係なく渡米していきました。
彼らは数年の市場や国の混乱を見越して、MBA取得に出たのです。


戻ってきた頃には景気は最悪期を脱し、自分の学歴も上がり
さらに高みを目指そうと言う訳です。


こんな不況の過ごし方もあるのか
彼らの判断力、決断力、行動力、財力には大いに勉強させられました。


その話も善に伝え、
危機こそチャンス
という考えも親子で共有できたと思います。


景気の悪化、失った仕事や顧客を嘆いている場合ではなく、
その次を考えて走り始めなければいけないのが不況という痛い中休み。
そこで悲嘆にくれ何もしなければ、失うだけで得るものもないでしょう。


親もがんばるけど、
子もがんばれ


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ラロトンガ行:ムリ・ナイトマーケット

2016-07-09 | 旅行
クック諸島のラロトンガは一周32kmの真ん丸の島なので
レンタカーでのドライブは超カンタン
カンタンすぎて何周したことか(爆)
(※だって、他に道がないんだもーん


を見た後はいったんホテルに戻り

(※やっぱりウケるこの税関)


夜は再び出撃

ムリ・ナイトマーケット
店が閉まっている日曜夜の強い味方


5時から開いていますが、

7時過ぎでこの混みよう


観光客、地元の人、老若男女、善男善女が繰り出し



がっつり食べる場所(笑)

夫の各種盛り合わせ


この上半身裸のシェフの屋台から。



そう、彼はプナンガヌイ・マーケットにいた

ネーキッド・シェフ(笑)
週末はフル回転なのねー


こんなお品書きで

4種類の盛り合わせ12ドルなり~
チョプスイLOVEな夫らしい。


私はシーフードの盛り合わせ
イカが山盛りですが、エビやマッスルもハンパない量

目の前で作ってくれ、レシピの解説付きでしたが
もちろん覚えてません(笑)
夫にめちゃくちゃ羨ましがられました


ダンスのエンターテイメントもあり

トロピカルムード満々


少年たちもむちゃくちゃ可愛い

テレながらも一生懸命でした。


ジッと見入る小さい子たち



一緒に踊ったり、周りをグルグル回ったり

そりゃ楽しいよねー


「行列のできる店」もけっこうありました。

行列は苦手で見にも行かなかったけれど、デザート屋さんかな?


ここはプレートの貸出をしている店

使い捨て容器を使うのはやめよう
という活動


この店に気づく前に買ってしまったので、間に合いませんでした。
機会があれば次回は利用してみよっと


ラロの日曜日の夜は

ココで決まり


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ニッポン就活記(なのか?)

2016-07-08 | 息子通信
ハリーは今、就活してるよ!日本式で。
というビックリなメッセージが名古屋の温(22歳)から届きました。


もう「日本で働く」ということに集中しすぎて
志望動機もなくて、システムエンジニア職から幼稚園の先生等
網を広ーく張って就活してるよ。

マジか?ハリー


彼は温の留学生仲間で、日本で働くことを選んだよう

ハリーとは帰国したときに、一緒に回転寿司へ行きました
あの時は金融志望で日本にはこだわっていないようでしたが
月日は流れて、「ニッポン」「幼稚園の先生」もアリ


僕がエントリーシート書いてあげてるから書類選考は必ず通るけど、
面接がやっぱり厳しいね。

と、温も何かと後方支援


温によれば日本は大学も企業も留学生の就活に不慣れで
留学生たちはどうやったら日本で仕事が探せるのかわからず
みんなで右往左往しながら手探り状態のよう


とまれ
ハリー、がんばれ


私も夫も大学を出たときは「海外」しか頭になかったクチなので
彼が「ニッポン」しか頭にない状況が想像できます。
そこまで願うんだったら、
ぜひ夢をつかんでほしい
と思っていたら・・・・・



ハリー、就職決まった
という吉報



就職先はかなり長期で見ていて、最低10年は国内で活躍し、
そのあとはMBA取得+海外支店長コースを企画しているとか
前途洋洋ながら、今の段階では必ずそうなる保証はナシ


温も私たちも全員日本での就職経験がなく
これから日本人的サラリーマン生活が始まるのかー
本当に凄い決断をしたと思う。

(夫談)
という想いが一入で、今後もハリーを見守っていきたいです(笑)


温はエントリーシートどころか、
「面接で言うことも全部書いてあげたよ!
初月給でおごってもらうつもり
なんだそうな(笑)


そういう本人は卒論も終わってお料理三昧らしい(笑)

ヒヨコ豆カレー
お、おいしそー


他の留学生たちはどうなったのか?

帰国組もいるだろうけれど・・・・


21世紀を築いていく若い力に幸多かれ



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ラロトンガ行:裏街道を行く

2016-07-07 | 旅行
4月に行ったクック諸島のラロトンガは一周32kmの島


道といえば海岸線を一周する街道があるぐらいで

これが幹線


一周の半分ちょっとには、内側に平行するもう1本別の裏街道があり

アバナ湾の後はそっちに入ってみました。


廃屋があったり



タロイモ畑だったり



またまた廃屋があったり



バナナ畑だったり



す、スゴいバナナ

とクルマを降りて畑に入ってみると~





ギャィィィィィン
ギュェェェェェン
ギャァァァァァン



耳をつんざくような断末魔


思わず夫と顔を見合わせ
「な、なにコレ
という話のつづきはコチラ


ホントに絶叫でした。

おいっ
キミたちってば


これも廃屋のよう。

NZにでも移住してしまったのか?
こんなに小さな島。どこで仕事をするにしろ引越は必要ないはず。
島の人はNZ国籍も持っているので、いつでもNZに移住できます。


突然現れた設置途中らしいソーラーパネル

どこかの国のODAなのかな?


クック諸島マオリの聖地アライテトンガに到着

1350年頃にラロに定住したといわれるタンギイアヌイによって築かれ
非常に神聖視されている場所。
入ることはままならず、外側から見せてもらいました。


ちょっと入ったところには整然とした

パパイヤ畑


典型的なラロの農家



目の前の山

ラロは中央部が高い山のため島を横断する道がありません。


こちらは大きな家で屋根にはソーラーパネルも載っています。



途中で出会ったキャラ立ってるおネエさん

ペンキの容器をバケツ代わりにどこに行くのかな?


だんだん周囲が開けてきたと思ったら

いきなり大きな古い建物


な、なんだろうココ

周囲には鐘が鳴り響いていて


真っ白な服装の人たちがそぞろ歩いています。

教会に行くんでしょう。こんな午後に?


この子たちも着飾っています。



同じような平屋の家が続いていて

一帯がコミュニティーになっているよう。
「教会関係だろうなー」
と思っていたら


教会関係どころか

クック諸島キリスト教会(CICC)のヘッドクォーター
タカモア


聖公会の伝道師がクック諸島での布教を開始したのは1821年。
牧師を育成する神学校の創立は1839年。
(※NZが英植民地となったワイタンギ条約締結は1840年)


1965年に伝道師の活動が終了するのに合わせてCICCが設立され
国内の教会を統括する立場になったんだそうです。


隣接するのはアバルア小学校

昔は教会が学校を兼ねていたんでしょうからむべなるかな。


壁画がかわいいったら



幹線に戻る道には大きな教会

CICC教会
そっか 
観光名所としてよく出てくるのはココだったのか!


白い正装の人たちはこちらのホールに入って行きました。

午後の礼拝だったのか?


CICC旗

島の人たちの揺るぎない信仰を垣間見た気がしました。


いつの間にか首都アバルアに戻っていたようで、港へ。

「へっこれだけ?」
という小ささ(笑)


港も小さけりゃ

停まっている船も漁船並みの小ささで


極めつけがこの

税関
畳2畳分もあるだろうか?
絶対トイレなさそう(笑)
海外からの貨物船が着くときだけ、職員が来るのでは?


国内の他の島を行き来していそうな船ばかりでした。



街中にもソーラーパネル

こんな場所なら1年中フル稼働ですよね


ホテルに戻ろうと思ったら、目の前がこんな光景



この子が何かを見つけるたびに片手を離して指を差すんですわ
そのたびにクルマの中のこちらは死ぬほどドキドキ

ここでは許されることなんでしょうが(何度も見ました)
気をつけてねー(祈)


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ラロトンガ行:マヒマヒに遭遇

2016-07-06 | 旅行
ラロトンガでムリを出てすぐに見つけた小さな桟橋

地元の子供たちが飛び込んだり泳いだり、楽しそう




沖に環礁がない


ここはアバナ湾という場所。

環礁が切れているため、外洋まで船が出せます!


ラロトンガは海に囲まれていても

リーフにも囲まれているので


外洋にまで行ける場所はかなり限られます。



そんな場所にはしっかり船が



ここは釣り船チャーターをしているキャプテン・モコの拠点でした。



キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

マヒマヒ
すでに食べていたものの、見るのは初めて
(※日本語ではシイラというそう)


黄色に輝く大きな魚



モコ船長たちが釣ってきたんでしょう。



仲買人らしい人が来ていました。

かなりの重さがありそう。


おニイさんたち、青筋立ててぶらさげてましたもん



6匹で計95kgでした。

1匹平均16kg。
それを頭の高さに持ち上げるんだから大変


「写真はもういいか?下ろすぞ!」
と声をかけてくれ

おニイさんもカメラ目線(笑)
観光客は写真撮りまくり


エラに手を入れて尻尾をつかんで



運びます。



一本釣りなんだそうで、

今日は大漁なのかな?


商談成立で

マヒマヒはホテルかレストランにでも行くのか?


いいタイミングに出くわしたようで

ラッキー


釣りのお客なのか仲間なのか

みんなで集まってビールを飲んだり魚を下ろしたり


ここから釣っている人と見守るワンコ

今夜も魚かワン


なんともまったりとした午後のゆるい時間



桟橋は日本の草の根桟橋計画というところからの援助のようで

去年できたばかりでした。


地元の人も観光客も楽しめる

ステキな贈り物


ここは気に入って、この後2回も戻ってきました(笑)


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胸算用に皮算用

2016-07-05 | 経済・政治・社会
リアルではやっと後出し日記を脱したところで再び後出し
最近挫けがちですが(素)ぼちぼちがんばって、
そのうち追いつけ追い越せ
まずはケーンズがワラタスに勝ってホッと一息



レミュエラ・ロードをクルマで通るたびに気になっていたココ。

民家を改造したお店


何ヶ月も看板が見えるのに、塀というか門が閉まっていて
「市の営業認可待ち
と思っていたら、ある日は開いていたり、また閉まっていたり。


最近はいつも開いているようになり、

とうとうクルマを停めて行ってみました。


中はオサレなデーリー兼カフェ?
グロサリーショップ兼カフェというのはありますが、
それほど食品も野菜もなく
カフェにしては外のテラス席のみで今の時期はさすがに寒い


目の前はレミュエラ・ロードで路駐するしかありませんが
朝晩はバス路線になるから停められないんじゃないかな?
徒歩の人には信号がなく、時間帯によっては道を渡るのが大変?
目と鼻の先に商店街があって信号も、デーリーもカフェもある・・・


オーナーらしき人は超フレンドリーでしたが
うーん
ホント申し訳ない、買うものがなくて
手ぶらで出てきてしまいました
(※食後だったしコーヒーも飲んだ後だったし)


改装コストや市の許認可に相当投資したんじゃないかなー
裏が自宅なんでしょうが、場所も場所だしレーツも高そっ
1日の来客数は?
客単価は?
借り入れは?
と、つい胸算用?皮算用?してしまう
ワルい癖


偶然、店の前でばったり知り合いと遭遇しました。
彼女は隣の教会に来ているそうで、
「あら、ここ開いたのね。入ったことないわ。」


なんだかムズカシい場所にできた、ムズカシそうなビジネス。
通るたびになんとなく気になってしまいそうです


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可能性は無限大

2016-07-04 | 息子通信
卒論を無事提出しました!
100ページ以上書き、締め切り12分前にギリギリの提出だったよ。
徹夜で30時間ぐらい寝てなかったからそのあとぐっすり寝て
チーフス vs クルセイダーズのハイライトを見てたよ


というメッセージが名古屋の温(22歳)から来ました。
卒論提出は大学生活というか学生生活のハイライト中のハイライト
と自分の体験から思っていたので、嬉しさも一入です。

大荷物で飛び立って行ってから早4年


大学生たるもの、卒論書くべし
と今でも思うんですけどねー。書かないで卒業するなんてもったいない。
100ページの大作、ぜひいつか読ませてもらおう。

今や懐かしい名大の留学生専用寮



32年前の自分の時も数日寝ないで突貫仕上げ。
締め切り30分か1時間前に学生課到着。提出者が行列になっていて
焦った記憶があります(笑)


その後は友だちと学生課の周りに集まってボーっと立ち話。
みんな何日も寝てないとか、食べてないとかで(笑)
フラフラヨロヨロ


私にもあった、
若さ爆発
の頃(笑)


今、子供たちがあの時期にいるのかと思うと、ホントに
∞∞∞可能性は無限大∞∞∞


とことんやりたいことを、やりたいようにやって、羽ばたいてほしいです。
失敗しても成功しても、飽きてものめり込んでも
すべてが飛ぶように過ぎて、自分の栄養になっていく時期。


ムダなことなんて一つもない
やったこと全てが自分の細胞に刻まれ、力になり、宝になる


やったモン得の時期でもあり、ガンガン突き進んでほしいですわ
親は引き算の時期に入っていて、頼まれもしないのに身辺整理(笑)

(※入学式で盛り上がってたのが、もう卒業式


人生はそのときどきにやるべきことがあるんだな~
というのをつくづく実感する昨今です。


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早春二月

2016-07-03 | 料理・食べ物・外食
「行こうよ!行こうよ!」
と何ヶ月も言っていた店にとうとう行ってきました。

「世界入りにくい居酒屋」のテーマソングが自然に流れ出しそうな
(※あの番組好きだったのに~)


分厚いヨレヨレのビニールシートの中にある入り口

OPENと書いてあってもなぜか真っ暗
(※に見える・・・)


ドアを押したら開いたのでちょっと驚いたぐらい、
やってない雰囲気(笑)


「誰もいない
と思ったら、中年の高そうな服を着た小母さん(って同い年くらい?)が
スマホを耳に、立ったまま中国語でガンガン話しているではないですか。


「この人がマネージャー?」
と思い、小さい声ながら中国語で、
「開いてますか?」
と聞いてみました。


うなづくか?
首を振るか?
と思ったら







「ニーシュオーシェンマ?」
(※「今なんて言ったの?」)
と怒鳴り返す勢いの、まさかの返事


え、え、なにココ
ホントに「世界入りにくい居酒屋」


と思ったら、中から真っ赤なダウンを着た若い女性が飛び出してきて
「何名様で?」


えぇぇぇえ

この人が店員?もっこもっこのダウン着たまま?
確かに店内寒いわ、暗いわ。


「2人ですけど。」
「奥のボックス席へどうぞ。」
と言われたとたん、店の制服を着た若い男の店員が出てきて
「もうボックス席はいっぱいですから、テーブル席へどうぞ。」


どの人が店員?
ボックス席?
いっぱい?
(※ダウンの人はまさかのマネージャーでした)


店内暗くて誰もいないのに、なんとなくザワザワしていたのは
入り口から見えないボックス席にお客が大勢いたから


テーブル席とボックス席の間はこんな桟と通路に仕切られ

かなりの席が昼からお鍋の真っ最中


店内は驚くほど奥へ奥へと広くなっていてかなりの席数。

この後どんどん人がきて、徐々に埋まっていったテーブル席。


メニューも凝っていて香港並み。というかそれを真似た中国並み?



早春二月
@ニューマーケット

北京に本店のある四川料理のチェーン店


中国料理店は本国の有名店の名前をパクった店が世界中にありますが
ここは正真正銘のチェーン店なんだそう。
(※そもそも北京の本店を知りませんが


担担麺

ボールは欠けてるし(中華では珍しくない)とっちらかってますが
味はワルくない
ちょっと意外なほど見た目と合わない味。
まんまぶっ掛けてきたスープが山椒強めで好みでした。


水餃子

ビックリな自家製三角の皮(笑)
「包む専用機械でもあるのか?」
と思うほど不思議な形。
これも韮の味がしっかりして、意外とイケました。


小籠包

見ての通り蒸しすぎでその後放置しすぎで明らかに
できていたのに忘れられていたよう


北京の四川料理なので小籠包への期待値はもともと低め。
文句も賞賛もなし(素)
皮が厚い家庭風で、持ち上げても簡単には破れません(笑)



私たちには珍しくデザート

笹の葉に包んだあんこ入り蒸し餅


みんながガンガン鍋をつつく中で、全く違う超軽量ランチ
店内の雰囲気はモロ中国で、香港人や台湾人も怯みそうな
大陸ワールド(笑)


広東語、上海語など一切なしの巻き舌あるあるの(←北方の証明)
北京語ワールド
でもありました
ガイジンさんは私たちと、奥さんが中国人の白人男性1人だけ。


本店のバックがあるのか、それなりの資本がついてそうな立地&広さ
非常ーに庶民価格でニューマーケットのど真ん中で堂々営業中

再訪アリ決定


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