しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
ルカの福音書2章19節
これらのことをすべて…「これらのことすべて」とは、直接的には羊飼いたちの話したことです(ルカ2・17~18)。と同時に、主イエスの母として選ばれたマリヤ自身にとっては、御使いガブリエルから聖霊によってみごもったことを告げられてからの一連の出来事を指してもいるでしょう(ルカ1・26~56、2・1~7)。
私たちの人生にも喜怒哀楽の様々な出来事があります。それら一つひとつを別々にとらえて対応するのではなく、全能の神様の御手の中にあってつながっていると受けとめるとき、人生の深みがまた一段と増すことでしょう。
心に納めて…格言には、神が人間に耳は二つ与え口が一つだけなのは、自分のことを話すことよりも人のことばを聞く者となりなさい、と言われます。実はこれは、ユダヤ人たちに昔から伝えられてきた格言だとのこと。確かに箴言には、私のような者には耳が痛いことばが並んでいます(箴言10・19、12・18、15・28、17・27など)。
人は感情が高ぶったり思いがけない体験をするとき、誰かに話さずにはいられませんし、話すことも大切です。と同時に、主イエスへの信仰に根ざして出来事に向き合い、心に受けとめることは、キリストの証し人として整えられるために大切です。
思いを巡らしていた…心に納めたことを、自分だけで抱えていてはいけません。全能の創造主であり、導き手である主の前に持ち出して思い巡らすことが不可欠です。
私たちを愛し、主イエスの十字架と復活により救い、御聖霊によって今も助けてくださる神の御手に委ねようではありませんか(Ⅰペテロ5・6~7)。