私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受け
たことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおり
に、私たちの罪のために死なれたこと、また、聖書の示すとおり
に、三日目によみがえられたこと、…そして、最後に、月足らず
で生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。
コリント人への手紙第一 15章3、4、8節
主の復活を体験した信仰(1~8節)…主イエスの十字架と復活
は突然の出来事ではありませんでした。「聖書の示すとおりに」
(3、4節)と二回繰り返されているように、旧約聖書にあらかじ
め預言されていたことの成就です。それは、私たちにとって遠い
世界の出来事ではなく、ケパ(ペテロのことです)やヤコブ(ヨセ
フとマリヤの子)、さらには多くの弟子たちとパウロが実際に体験
したことでした。私たちも日々の出来事の中で、復活の主イエス
をいきいきと体験することこそが、信仰であり証しです。
主の恵みによる新しくされた人生(9~11節)…復活の主イエス
出会い救われた喜びと、主とともに歩む恵みはその人の心を変え
人生を新しくします。「ところが、神の恵みによって、私は今の
私になりました。」と告白するパウロは、同じ10節で「神の恵み」
と三回も繰り返して語っています。主イエスと出会う前の自分は
どうだったのか、そして主イエスに救われたことや日々の歩みの
中で注がれてきた神の守りと恵みの数々を一つひとつ数えるなら
ば、感謝と喜びは尽きることがありません。
主の復活による永遠のいのちの希望(12~21節)…パウロをはじ
め初代教会の使徒たちは、福音を語るときに主イエスの復活を強
調しました(使徒3章15節、4章2、10、33節、5章30~32節)。
主イエスの証し人とは、主は死から復活し今も信じる者とともに
いることを、主の恵みにより日々の歩みのなかで表すのです。