食農ステイション

食と農に関するお話しを徒然なるままにいたしましょう。

学科長デビュー!

2009年04月11日 | 学科長
初夏のような陽気が続いています。
先週末,久しぶりに畑に行って春耕しました。アスパラガスがたくさん芽吹いていました。

今週初めから,オリエンテーションや運営委員会や学科会議など学科長としての仕事が本格化しました。メールや文書が山のように舞い込みます。それらを遺漏無く処理するのに,日々神経をすり減らしています。

最初の大きな仕事が新入生オリエンテーション時の挨拶でした。前もって原稿を作って備えました。原稿どおりに話すことはしなかったのですが,準備した原稿を紹介します。一部イニシャルに置き換えています。
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 新入生の皆さん,入学おめでとうございます。ここに居られる皆さんは厳しい受験競争を勝ち抜いてこられたわけです。いま,受験勉強から解放された安堵感でほっとしていることと思います。

 皆さんがなぜ本学の生物生産学科を選んだのか,様々な理由があるかと思いますが,その一つに昨年前半期まで世界中で問題になった原油価格の高騰に端を発した,穀物価格の高騰があるかと思います。その後,リーマンショックを契機に世界経済は急速に減速し,結果として原油や穀物などの1次産品価格は落ち着きを取り戻しました。
 しかし,長期的に見ると地球の人口は2030年頃には80億人に達すると予測されています。そして,国際稲作研究所の推計では地球が養える人口は83億人と推計しています。これでは,世界中の人達に食料が十分行き渡らない恐れがあります。このような地球的な食料・農業問題の解決に皆さんの力が生かされるよう希望します。

 農業は,太陽エネルギーを植物の光合成を通じて,人間が必要な食料や天然繊維,嗜好品,医薬品等々の多彩な工業原料を供給する営みです。それによって人間生活を広く支えている欠かせない産業です。また,農地とそこに形成される生態系は,自然と深く結びついた環境構成要素であり,国土保全や環境保全に多面的な役割を果たしています。さらに近い将来には,再生可能なバイオマスエネルギーの重要な供給源になることが期待されています。 

 では,生物生産学科とはどのような学科なのか,皆さんに簡単に紹介したいと思います。研究室毎の詳しい説明は24日の合宿オリエンテーションで行う予定になっていますので,ここでは生物生産学科で何を学ぶか概略をお話しするにとどめます。

 農学部は農学を学ぶ学部ですが,生物生産学科はその農学の中心的な領域をカバーしています。農学とは食料生産をはじめとする生物関連産業の振興,農村地域社会の発展及び地球生産環境の保全を通して,生産者のみならず広く人類の福祉の向上に貢献する事を使命とする学術です。

 明治維新をきっかけとして日本における近代農学教育はヨーロッパの科学の観点に立って構築され,1876年の札幌農学校と1878年の駒場農学校の開設を基にして発展してきました。そして,本学はT大農学部とともに駒場農学校の流れをくむ大学であり,それを一番色濃く残しているのが生物生産学科なのです。

 生物生産学科では,日本および世界の農業を広く深く理解するとともに,農業に関わる最先端の科学と技術に関する知識を身につけて,その知識を農業の持続的発展や農産物の流通・加工,さらには農業の多面的機能の積極的利用に活かすことのできる人材の養成を目指しています。

 この目的のために,生産技術環境,植物生産,動物生産(家畜・昆虫)および農業経営経済の4つの領域の基礎的事項について学生が理解し,そのうえで,学生個々人の選択に基づき個別分野に重点を置いた履修や全分野型の履修を進めています。これらの教育は問題解決の能力や独創的発想を生み出す能力を伸ばすことを意図して行われます。

 卒業後の進路は,公共部門及び私企業部門の技術者,研究者あるいは行政担当者と多様ですが,いずれの場合も農業関連分野で指導者として活躍できる資質の育成を目標としています。

 生物生産学科では,皆さんが求める知的欲求に対しては私たち教員は丁寧に応えるように努力しています。そして,次の言葉を皆さんに贈ります。

 「求めよ,さらば与えられん。尋ねよ,さらば見出さん。門を叩け,さらば開かれん」。これは,新訳聖書「マタイによる福音書」にある有名な言葉です。与えられるのを待つのではなく,自ら積極的に求める姿勢が大事であるという意味です。私は敬虔な仏教徒ですが,この言葉は好きです。(笑)

 大学における講義や研究は皆さんにとっては,将来研究者,技術者,総合職として,自分で問題を見つけ自分でそれを解決し,それに基づいて社会に貢献するための訓練であると私は考えています。

 もうひとつ言葉を紹介します。比叡山延暦寺を開いた最澄の言葉に,「径寸(けいすん)十枚これ国宝に非ず,一隅(いちぐう)を照らすこれ則ち国宝なり」というものがあります。「径寸」とは金銀財宝のことで,「一隅」とは今皆さんがいる場所のことです。お金や財宝は国の宝ではなく,家庭や職場など,自分自身が置かれたその場所で,精一杯努力し,明るく光り輝くことのできる人こそ,何物にも変えがたい貴い国の宝である。一人ひとりがそれぞれの持ち場で全力を尽くすことによって,社会全体が明るく照らされるという意味です。自分自身の可能性を信じ,自分の灯りを点し,どんな小さな一隅(いちぐう)であっても世の中を照らす光になっていただきたいと思います。

 以上,学科長からの入学のお祝いの挨拶とします
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新入生に贈った言葉は,自分自身への戒めの言葉でした。

今日もこれからALICとの共同研究の打合せがあります。しばらく,週休1日となりそうです。


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