鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

連休の最後はこれでしょう、”嵐”

2015-09-23 15:54:11 | お知らせ

 ARASHI BLAST in Miyagi 2015.9

 ようこそ”嵐”お疲れ様”嵐”そして全国から宮城県に参集してくれた”嵐のファン”のみなさん、ご苦労様でした、お疲れ様でした、そしてありがとうございました。

 4日間で20万人の動員ですか、すごいことです。 すごい人気なのですね、”嵐”は。 じつはnewoneも”嵐”は嫌いではありません。 といっても好きなのは「二宮」ですが、「桜井」もいいです。

 はっきりと分かっているのは二人くらいですか。 二宮はやはり『硫黄島からの手紙』を見てからかな、好きになったのは。 守銭奴?とかいろいろ言われているようですが、それでいいじゃないですか。 芸能人はいつなんどきどうなるか先の予測は難しいのですから、毎日を手堅く生きるというのは、これだけ人気のある若者にとっては結構大変なこと、かつ覚悟が必要なことだと思います。

 ”嵐”のコンサートへは行きませんが(今月の26日か27日に沢田研二のコンサートがあるのですが、町内のお祭りのために行けません。こちらの方にこそ生きたかったいや行きたかったです。)、仙台駅構内へ行ってきました。

 仙台駅に限らず、仙台市内で目立つようになったことは若い娘さんたちが多くなったこと、しかも大きなバックを持っている姿です。 全国から来仙していただいてありがとうございます。宮城県知事、仙台市長になり代わりましてお礼を申し上げます。

 きょう午前中の仙台駅内の状況です。

 

                   

 

         

 そして何度もテレビで見せられた大きな5人のPR写真。

 写真の左側は3階から撮ったもので、右側は2階から見上げる形で撮ったものです。両面からの撮影ということになります。

 

                      

 

               

 

          

 

        

 

        

 

 我々の世代にとっての「嵐」といえば、”ストーム” ではないでしょうか?! 大学は旧制高校の寮(大正時代の建築)に入ったのですが、そのころは先輩方の夜中の”ストーム”がまだまだ勢いをもっていまして、夜な夜なたたき起こされて、先輩方に暴れ回られたものです。

 熟睡しているのに5,6人の先輩たちが歌を歌いながら入ってきて、布団の周りを歌いながらぐるぐる回ります。そして議論を吹っかけられたものです。

 1年生の時の寮は、12畳(当然和室)に5人が生活するという現代では全く考えられないような学生時代でした。 冬の暖房は、12畳に火鉢二つというもので、ガラスも壊れたりしていたもので寒かったものです。

 一年生が早く戻ってきて火鉢に火を起しましたが、でも燃料の炭が1週間に1俵ということでしたので、無駄には出来ません。 その兼ね合いが難しかったですね。 冬の勉強は、布団に入って、当時木の箱に入っていたリンゴの箱を改造(それほどのことではありませんが)して、机代わりにしました。

 古き良き?時代の懐かしい思い出です。(良いとは言えないけど)

 

 きょうも快晴、好天でした。しかし、日が経つにつれて土・日は雨模様となって来ています。 今度の26日と27日の土・日は町内の縛不動明王のお祭りの日なのです。よろしくないですね、折角みんなで準備してきているというのに・・・・・。

 

                     

       

   

 上の写真の下の方の岩盤を誰かが崩したようです。化石を採ろうとしたのかどうか?

  

            

 大昔ここは海の底だったということがはっきり分かります。 そしてきょうはこういう珍しい?ものを見つけました。 単なる石のようには感じられません。

   

                

 

          きょうの昆虫です。

                      

 大きくならないショウリョウバッタ?

コメント (2)
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