川越の旭屋書店がつぶれた。ブックファーストが出店してわずか一年、直撃ですね。老舗さんなのにね。悲しいね。
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CUE9
「大江戸夫婦茶碗4月20日~」
「出演―田中未来、歌沢宏…」
時代劇らしい演目の看板を眺めていたら、さらにその奥で自分の親くらいの年齢の人達が忙しそうに動き回っていた。背景になるベニヤ板にペンキで空を描いている人や、照明器具の手入れをしている人、入り口のカウンターを作っている人…
一通り見回して、何気なく中にいる人の数を数え出したとき「なにか用?」と、タオルを肩にかけたおばさんに声を掛けられた。
「あ、いや、演劇って、大人もやるんですか?」
「はぁ?」
ちょっと訝しそうな表情を浮かべた後、にかっと笑って「興味ある?」と言われたので「や、ないです、全然!」と断ってからまた走り出した。
次の日学校に行くと、半井が朝っぱらから僕のクラスの前で待っていた。
「よう!なに、英語の辞書でも忘れた?」
先に話し掛けられた半井は少し戸惑い気味に口を開いた。
「あのさ竹田。俺、昨日から演劇部のサロメ探してるんだけど…」
「おぉ、俺も。」
「お前のクラスに伊藤可奈って子いる?」
「伊藤?」
昨日保健室の隣ですれ違った伊藤さんという女の子を思い出したが、ステージ上のサロメとイメージが一致しない。
「いるけど、伊藤さんがサロメ?」
「ああ、うちのクラスの演劇部に聞いた。」
釈然としないまま、僕は自分の席に向かった。真後ろの席には確かに昨日すれ違った伊藤さんがいて、朝から本を読んでいる。整った顔立ちをしていて小柄なところは確かにサロメのような気はするが、それは僕が考えていたサロメ役の女の子とは似ても似つかない。鞄を机の上に置き、目線を合わせずに話し掛けた。
「伊藤…さん」
読んでいた本から目を上げ、きょとんとした顔で僕を見た。まだ頭が本の中の世界に取り残されたまま、うまく現実に馴染む事が出来ないような表情をしている。
「あの、半井ってやつが用があるみたいなんだけど、ちょっといいかな?」
何も言わずに僕の後についてくる彼女に「きのう、劇の途中で邪魔してごめん。」と謝ったら、伊藤さんは初めて口を開いて
「あぁ、ナカライ君て昨日の相方の?」
「そう、覚えていてくれた?あいつ。」
そう答えながらも僕の頭は伊藤さんの声とサロメの声を照合させようと目まぐるしく働いていたのだけれど、今でも頭に響いてくる「だれ?」という静かな、ココロに響いてくる声と合致しない。僕の記憶中枢は狂ってきたのかもしれない。
廊下では半井が妙に神妙な顔つきで待っていると思ったら、伊藤さんが目の前にくるなり
「伊藤さん、僕と付き合ってください!」
と言った。