少年の日々

はじめて考えるときのように

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言霊

2005年01月31日 | Weblog
ちょっと携帯から書いてみたいと思います。時間は有効に。

言葉というものは自分に返ってくるもので、悲劇のヒロインになってはいけないと言っておきながら自分自身が一番悲劇のヒロインになっていた。

仕事がつらいとか、同期の三倍予算を持っているとか、目の前の雑務に追われて仕事ができないとか、思考する余裕がないとか、いくらでも沸いてくる言い訳に自分を甘やかし、結局現実から目を逸らして生きていた。わざと睡眠不足になり、考えて行動しないようにして流されていた。

泣き言を言ってしまいたい状況は確かにあるし、その現実からも逃げてはいけないのだけれど、そこまで自分でわかっているのなら自分が変わるのが手っ取り早い。

『待ってるだけだと、結局日販の速度で出世するしかないから、自分で変えてかなきゃ駄目だよ』と別部署の先輩に言われ、状況を嘆いている自分が情けなくて、格好悪くて、心中ずっと『ちくしょー、ちくしょー、ちくしょー』と呟いていた。かなり場の空気を悪くしたけどね。

なんにせよ、少し、心の風向きが変わった気がする。そういう場を設けてくれた先輩に感謝!

さあ、明日も仕事だから早く寝なきゃね。
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人生せいぜい八〇年

2005年01月30日 | Weblog

日曜日の夜というものは僕に寝不足を誘う。来たる一週間の業務を考えるとこのまま週末が続いてくれれば良いと思うし、かといって逃げの気持ちのまま週末を過ごし続けるのも苦痛なので早く時間が過ぎてくれればいいとも思う。どちらにしろ、明日が怖くて布団に入っても落ち着くことが出来ない。


先週の木曜日の飲み会で、後輩に「自分が感受性が強いとか、あいつは何も考えていないとか、そういったことを基準に物事を考えてしまっては思考の幅が狭まる」という話をした。これについて再考していたのだけれど、僕が言いたかったのは「とにかく悲劇のヒロインみたいになるな」ということだ。

一人の人間がその背景にどれだけの思考を重ねているか、推し量ることは不可能である。
もちろん、その人の言動なり、行動なりから多少なりとも推測することが出来るが、一体誰が確固たる自信を持って相手よりも自分の方が思考していると言い切ることが出来るだろうか。
形而上的な概念を基に対立することはよくあることで、例えば自分が贔屓にしているアーティストに対して「絶対自分の方が好きだね」「いや、あいつには負ける」とか、そうやって自分の優越感を満たしてライブ会場に足を運んだり、展示会を観に行ったり、映画館に足繁く通ったりする。

それが良い悪いは置いておいて、そういった感情で話を進めることは日常に溢れているし、僕自身、QUEENについてマニアックな知識をひけらかして優越感に浸ったりしている。案外気持ちがいいことも知っている。

話がずれたので戻すと、そういう数値化できないものに対して、自分自身で勝手に基準を設けそれを他人に当てはめようとする行為が氾濫している中で、人生の岐路に立たされるような場面になるとどうしてもその基準から自分を庇護するよう僕らの脳はプログラミングされているようである。

あいつよりも勉強してきたのに、あいつより苦労してきたのに、あいつより絶対俺の方が向いている仕事なのに、あいつよりも俺の方が感受性が強いのに、あいつより俺の方が考えて生きているのに・・・
そうなってくると、自分が何をやりたいかとか、自分に何が必要なのかということよりも他人との比較で結果を出した方がすごいということになって、自分に自身を失くしたり、自暴自棄になったりする。

もともと基準化することが出来ない世界のことで、勝手に基準を設けて戦って打ちひしがれたり、優越感に浸ったり、そんなものは必要ない。そんなことを考えている間に本の一冊でも読んだほうがいい。ちなみに「今度貸してくださいよ」ってなこと言ってると結局読まないよ。読みたかったらすぐ書店に駆けつけて買って読んでいるはずだから。
見えない敵と戦って勝った負けた言っているなら、とっとと行動に起こしてみるのが、気持ちのいい生き方なんだろう。


さて、カウンセリング的な話になったけど、正直こんな話は世間一般にはまったく通用しないことは社会人になった今痛いほど良く分かる。なんだかんだ言ったって、どんな基準で生きたって、結果を出して、会社に認められなければならない世界だから。それでも、こういう思考で生きていたい。だから苦しいんだろうな。


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ココロころころ

2005年01月29日 | Weblog
大学時代の友人と飲んで、あまりに心地が良くてにやにやと半笑いを浮かべていたら「なんかずーっと笑っているよね」と、誰かに突っ込まれたけど、それでもやっぱり心地が良かったので笑っていた。
正直厳しい精神状態で昨日の飲み会には臨んだ。仕事とはなんなのか、わからないし、話せる先輩もいないし、ココロがどんどん孤独になっていく。自分のことを肯定してくれる人間がいないことの切なさに打ちひしがれて、あっけなく涙がこぼれる。それでも僕は笑うしかない。取引先に同情なんてしてもらいたくない。新入社員という立場以上のことをやって、それで追いつかなくて弱みは見せられない。

会社に入ると利害関係が強く絡んできて、当然背景にあるものまで見つめて行動しなければならない。見てみぬ振りも、知らん振りも出来るけど、それは地に足が着いていない生き方で、きっと楽しくもない生き方だろう。

なんの利害関係もなく、集まってくる連中はやっぱりいい。自分がそこにいても違和感を覚えなくてすむのは心地がいい。

自分を肯定されたいという気持ちはたぶん、みんな持っているだろう。それを無条件にこなしてくれる集まりや人間は、物凄くあたたかく、強い存在だ。


そんなこんなで、自分が想像している以上にストレス状態にあることが昨日判明したので、今日は係長に直談判したましたが、そこで良い事言ってました。
『仕事が楽しいと感じるようになるには、学生時代に築いていた仕事というイメージが完全にぶっ壊れたときだ。もちろん、とても苦しいことだし、自分のちからで得るものではなく外部の影響によって壊されるわけだからいつになるのか分からない。
その崩された瓦礫の中から、かき分けてやっと見つけられるものかもしれない。』
ということです。
この考え方は斬新で、とても僕一人で唸っていては思いつかないものだった。
僕は自分の築き上げたものを壊すのが怖くて仕方がない。これを壊すのが仕事であるならば、そんなものに価値はあるのだろうか。そんなことばかり考えていた。その壊れた先に何があるのか、それはくだらない大人への階段くらいだろうと思っていた。

確かに壊してみなければどうなるか分からない。それはとても怖い。今の自分がどんどん遠ざかっていく姿なんて見たくない。つまらん大人がいっぱいいる中、俺はああはなりたくないと叫んでいたい。本当に、僕はどうしたらいいのだろう?
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続き

2005年01月28日 | Weblog

充足率を上げることで売上が上がるに越したことはないが、そこで出てくる懸念は書店の金太郎飴化である。
どの書店に行っても置いてある品物は同じで、はっきりいって個性がない。無個性化の道をたどることになる。自分の会社のシステムが、自分の好きな書店像から遠ざける。

と、そんなことを考えていたのは実際の出版業界の実情を知らなかったときで、今では案外別の考えで僕の思考は動いている。
どちらにしろ大した品揃えが出来ない店舗であれば、出版不況の世の中で生きていくことが難しい。で、あるならば、やはり売れる商品で売上を稼がねばならないし、実情では手のかかっていない文芸の棚がゴマンとあるのだから、システムを入れて少しでも動かしたほうがいい。

店のオペレーションの高度化、店員の質の向上がこのシステムによって促進させられるのであるならば、それを使わない手はない。ハンディを使って棚の在庫を読み取り、想像以上に考えていない棚を見て、ものすごい悲しい気持ちになったと同時に、このシステムはやはりそれなりに意味のあるものであるなあと改めて思った。


さて、話は変わって本日は大学時代の友人と新年会を行いました。楽しかったので明日書こう。
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projectという言葉に縁がある

2005年01月25日 | Weblog

cccの隆盛についてとやかく言うことはないが、FC加盟のオーナーさん方があれほどまでにcccを嫌うのは何故だろう。TUTAYAの看板を掲げることは想像以上に厳しいのだろう。

今日はちょっと仕事の話ですが、弊社で進めているwww.projectというものがあって、そのシステムのひとつに基本在庫充足率という考え方がある。本屋さんは結構適当に棚の本を作っていて、もう、なにやらわからぬが入荷された本をとりあえず置いておいて、入ってきたのが一冊だったら棚に差しておけばいいや、ってな具合に棚を作っていたりする。隅々まで手の行き届いている棚なんて滅多に見ない、というか、そんな棚存在しないのではないだろうか、というくらい出版点数が膨大なのだ。

人件費の問題もあるし、一応棚の担当者をつけて発注・補充を行っているがその日に入ってきた本が何であるか、完全に把握するのが難しい。目につくものは平台に置く商品になるから、放っておくと棚の本なんて誇りがかぶるまでそんまんま。それが現実。

そこで、うちの会社で開発したハンディ機器を使って棚の在庫を読み取って、売上上位銘柄と下位銘柄を識別し、下位の銘柄を抜き取る基準を設ける。たとえば、文芸書は上位2000銘柄を置いて、それ以下の商品は抜き取るとか。ハンディを持っていれば商品知識のないアルバイト君でも売れ行く銘柄が分かるのだ。
上位銘柄が棚にどれだけの比率差してあるか、それが在庫充足率になる。充足率を上げれば上げるほど棚に売れ行き商品が差してあることになる。

(疲れたから続く)

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