少年の日々

はじめて考えるときのように

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百年

2011年04月16日 | Weblog

GR DIGITAL III


GR DIGITAL III

吉祥寺の「百年」という本のセレクトショップに行きました。

自費出版や洋書を扱い、ネットサーフィンや通常の書店では

出会えない出会いがそこにはある。


本の可能性の一つは「出会い」である。



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Sublo

2011年04月15日 | Weblog

GR DIGITAL III

吉祥寺のSubloという文具店では、

数冊ですが、本も扱っていました。
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ロジカル・シンキング

2011年04月11日 | Weblog

GR DIGITAL III

仕事で話をしていて、

ロジカル・シンキングが出来ている人と出来ていない人を

どのように見分けているかと言うと、

僕は話の階層(レイヤーとか、チャンクとか)を

明確に意識でいているか否かで判断している。


例えば、新規事業の立上の話をしている時、

全社戦略レベルの位置付けの話をしているのか、

事業戦略レベルの話をしているのか、

戦術レベルの話をしているのか、

オペレーションレベルの話をしているのか、

会議中での各々の発言がどの階層にいるかを

明確に判断し、発言している人は

ロジカル・シンキングが出来ている人が多い。


そして、階層を意識する、という感覚は

交渉術でも活用することが出来る。


相手に目的を聞かれたとき、

わざとひとつ上の階層について発言し、

合意せざるを得ない状況を作る。


また、相手側が混乱している時、

一つずつ階層を降りていくと

理解してもらいやすい。


なにはともあれ、世間には桜が咲いている。
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物事に向かう姿勢

2011年04月10日 | Weblog

i-phone 3GS/LemeLemeHD

さて、僕は15年近くドラムを叩いているので、

何かに向かうときはどうしてもドラマーとしての

姿勢というものが出てくる。


それは僕が15歳の時、吹奏楽部の仮入部で

はじめてスティックを握ってから、

現在に至るまでの経験そのものと言っていい。


熱い夏休みの最中に、メトロノームと向かいあって

基礎練習をしていた日々から、


サークルの合宿で10時間くらいドラムを叩き続けたことまで、

すべてひっくるめてた経験というものが、

どうしようもなく身体に染み込んでいて、

その時々の空気までもが僕を作り出している。


そしてそれは、たまたま僕自身にとっては

ドラムという楽器を通した経験が積み重なって

できた姿勢であるが、


たとえば野球たサッカーなどのスポーツでもいいし、

学問の経験でもなんでもいい。


人それぞれが体験してきたものが、

すべての物事に向かう姿勢につながっている。


そう考えると、

初めて会った人の「視点」とか「視座」とかに

着目して話をすると、

その人の物事に向かう姿勢が見えてきて、

ある程度話をしてから

「何か長く続けていることってありますか?」

という質問をしてみれば、

たぶんそれまで話していた内容と合致してきて

かなり面白い。


だからこそ、僕はすこしでも多くの経験をして、

物事に向かう姿勢を、ちょっとでも、

面白いものにしたいと思うのです。

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対極主義

2011年04月09日 | Weblog

GR DIGITAL III

岡本太郎といえば、「対極主義」である。

とにかく、批判することでその本質を暴こうとしている。


devil's advocateという考え方もあって、

あえて反対の立場をとることで議論を活発化させたりもする。

ディベートなどはまさにそうだ。


人から認められたいというのは、

マズローの欲求段階説でも

4つめの「認知欲求」に位置するが、


「認められたくない」というのが

欲求になるという時点で、

やはり岡本太郎は他を逸している。


そして、それを芸術作品として

形にする力がある。


頭の中だけで考えているのと、

それを具現化することには

ものすごい距離があって、


抽象的な思考や荒唐無稽な妄想は

いくらでもできるのだけれど、

それを文字でも、絵画でも、オブジェでも、音階でも

なんでもいいけど、

形にすることはそれ相応の力がないとできない。


だからこそ、そういう力を持っている人は

芸術家として世間に認められたり、

認められなかったり・・・


やっぱりちょっと、

いろいろ対極的にものごとを考えてみる時期も

必要だと思うのです。
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