志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

今日は優れた琉球舞踊家・上間郁子さんの誕生日である!西原町の西然寺に彼女の位牌と遺骨は祀られている!

2015-04-05 09:28:54 | ジュリ(遊女)の諸相:科研課題

上間郁子さんの舞踊家として優れた点や彼女の人生について英文で今書いているのだが、早くまとめないといけないところで、最近彼女の手記やその他を丁寧に読んでいる。同じ文章を何度も読んでいたりする。さっと読んだものが貴いものに思えたり、新たな資料などに驚いたりしている。1人の人間の人生の計り知れない深さ、広さ、関わりの網の目状の謎解きなど、伝記を書くわけではないが、見えなかったものが見えてくるのは、灯りがともされる反面、その影の部分がまとわりついてきたり、意外な真実に痛い思いをしたりもする。

人は己の生涯を語り得ず、消えていく(死んでいく)のかもしれない。母娘でも父子でも違う人格で、またそれぞれの固有性がある。其々に秘められた思いや体験があるのかもしれない。そうしてすべてが水のよう流れて消えていく。そうしないために表現があるかもしれない。創造(想像)に向き合える人はその点、恵まれているのかもしれない。銃をもって人を殺すより、人を生かす仕事に生涯をかけた方々がより恵まれた人生と言えるだろう。それぞれの人生のスクブン(役廻り)があるのだろうか?おそらく上間郁子さんは、彼女が創設した乙姫劇団、そして彼女の琉球舞踊にかけた情熱、その残像としての雑踊りのフィルムがあり、永遠に生きていく稀有な沖縄女性である。貧困ゆえに遊郭に売られ、いいアンマーと出会い、芸妓として芸を追求しやまなかった彼女のパッション、パトス(受苦)の色合いは、深く感動させる。郁子さんは1982年、勲6等宝冠賞を受賞した時、やっと辻のあんまーに恩返しが出来たと話している。彼女の天分を見込んだアンマーとの出会いがあってのその後の≪人生≫への感謝の念である。彼女はご自分は無学であったと書いている。女性は無学だったと宜保栄次郎先生はお話しされたが、無学の定義はあいまいだ。何をもって学となすかだが識字率だけで学が示されるわけでもない。高学歴が学でもない。知恵は学問とどうかかわるだろうか?文字を与えられなかった生活で充足した人生もあった。人は五感でまた学び取れる存在であるゆえにー。感性が知性を凌駕するのかもしれない。究極的に人は理性ではなく感性で動くのだというデータもあったが、無学だったと宜保先生がお話しされた琉球の女性たちの天分は、商才に生かされたり、芸にまた生かされてもきた。神女のにーりの唱えは1時間以上も続いたりしたが、彼女たちはそれを記憶してきた。

男性たちの知のおごりを見守ってきた女性たちがまたいたのだね。

上間郁子さんだ。彼女の雑踊りを見て、凄いと思った、かしこまった昨今の女性舞踊や男性舞踊は彼女の舞踊を見ると、同化の媚のような感じにも見えてくる。琉球、沖縄本来の風のような踊り、水のような踊りなんだね。土のような、と追記しょうかと思ったが、泥くささがない踊りの手である。


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