ウィキペディアの日本語バージョンで記載されていない事が中国語に記載されている。台湾の初代総督になった樺山資紀が台湾征伐に関係している事が記されている。【1872年(明治4年)12月,日本因琉球船難漂流民遭台灣原住民殺害對台出兵(牡丹社事件)之際,曾多次前往宜蘭等地區偵查當地情況。1873年(明治6年) 5月為全權特使成員,參與締結日清條約中關於牡丹社事件的談判。清國割讓台灣後,樺山資 . . . 本文を読む
【逃げよう!】
なえていく
ひたすらなえていく
少し頭をひねって下からみたら
変わるかも
ほら青少年たちは懸命にボールを追いかける
身体の躍動がみなぎる
ただ見る目線は
斜めに冷めてみている
興奮の嵐
に冷めた空気が流れる
毒雲が毒水がよそ者のように
近づいてくる春
身近で犬が吠える
ほらね
侵入してくる者がいるよ
ほら
吠えて
追い払え
守るのよ
犬は
誰より
陣地を守ろうと . . . 本文を読む
<多言語社会研究会のチェーンメールからの紹介です!>
世界は動いている!新しい変革の時代へ?興味はあるが、Performign Arts & Languages & Genderと直接に関係はない。しかし世界は劇場という視点からみると全ての事象はこことわたしと関係しあっている。日々変わる世界、特に中東・アフリカに関心のある方々には素敵なシンポジウムかもしれませんね!CNNを若者と見ているとUSはU . . . 本文を読む
【マスコミに載らない海外記事】さんより Hp:Okinawan Theatre--Okinawan Performing Arts にリンクしていますが、とても貴重な海外記事を紹介し、しかも日本語に訳しています。こんな日本人がいることは心強いね!たまにその英文と日本語訳を大学の英語講読の授業で読ませたりしています。
今度は地球丸ごと道連れ
Chris Hedges
2011年3月7日
t . . . 本文を読む
大学の人事に関する闇は選択するコミッティーの意志によって決まる。それも委員長のセンスによる。彼や彼女がどれほどのセンスかは問題ない。彼らの組織の論理が表になる。それらのカリキュラムの貧困さなど、そのコミッティーが貧困である限りここから何も有用なものは生まれないだろうと推察はできるが、それはまた時を待ち、100人か30人に一人優れた人材の登場を組織は待たねばならないのだろう。現にこのXX大学の方々の . . . 本文を読む
この洋書を読みたくなったのは、ALSの病が急激に悪化し、昨年の夏前にはメールでコンタクトをとっていたハワイ大学のフランセス・マンマナが、この冬に亡くなったという事もあるが、実は彼女は思いやりのある女性で、ハワイから沖縄に二度目に戻ってきた時、このスーザン・ソンタグのペーパーバックをお土産にくれたのだった。書物の表紙がショッキングな描写で、少しめくっただけで、中身を読んでいなかったのである。彼女のお . . . 本文を読む
実はこのブログでPray for Japanの動画の紹介をしたのだが、確かに最後は日本人は凄い!に導かれていたような
ところも見られた。どのメディアも編集者の意図が入っているのは確かだと言えよう。問題はその報道なり、コメ
ントなり論評に真実がこもっているかなのだろう。しかしどう情報を解釈するか、常に問われている。以下東京の
知人からのメールである。それをあなたがどう受け取るか、それはあなたの感性・ . . . 本文を読む
ニューヨークで生きる道を選んだ日本女性たちをドキュメントで描いた作品!清水京子さんのつれあいの祖父が沖縄出身だという。映像の中でも当初、清水京子の名前でテレビの報道の現場に立っていた彼女がなぜ夫の姓(我謝)を名乗るようになったのか、その辺の背景など興味を持ったがそれは開示されなかった。姓の読み方が「がじゃ」ではなく「がしゃ」であることも興味深かった。沖縄では「がじゃ」が東京では「がしゃ」になる。や . . . 本文を読む
以下は原発に関する優れたサイト上の論稿の紹介である。目からうろこで脱原発をしなければ、現代の超科学技術に囲まれて便利に思える日常生活が、実は多くの人間の犠牲の上に成り立っていて、やはり私たちは吸血鬼(メタファー)のような存在だとい事になってしまう。
現に起こっていることの真実がなかなか見えないが、原子力資料情報室(CNIC)で検索してみるとそのサイトに行きつく。そこで分かったことは恐ろしい原発 . . . 本文を読む
身近な若者が声をかけてきた。「これを見てごらん」と、見せられたのは2チャンネルの掲示板でありニコニコ動画である。若者たちのストレートな反応にため息がもれた。ある面即時的に彼らが感応したことばが投げられる。人はそれぞれの体験と六感である種の真実を察知する能力を持っている。その察知した対象への知見をどう活かしどう自分のものにするのかはそれぞれで、直感的真実が殺されもされ活かされもするのは古今東西同じだ . . . 本文を読む