ゴキブリや蟻や蜘蛛からいろいろに薬品や医療製品やその他宇宙工学の中にも応用されるものがあるんだよ、と話す若者にしばし聴き惚れていた。化学の発見と応用の世界には夢やロマンがあるように思える。海洋生物学科や農学科の学生たちが最近生き生きして見える。人文科学や社会科学がなぜか陳腐に思えてきたりもする。
人類の未来に貢献できる発見が身近に潜んでいる可能性は大きく、それが地球の無数の有機・無機物の総体と係 . . . 本文を読む
(「琉球戦国史」の舞台の真喜志康忠氏)
台風第2号はあっという間に沖縄を通り過ぎた。今年は台風の当り年なのかもしれない。八重山・宮古島の台風銀座ほどではないが、真っ向から台風がやってくる。久しぶりの狂い風は庭の草木をゆすり強引に引き倒し、隣の駐車場の小屋も半分壊滅状態。駐車場入り口の鉄パイプも倒されていて、危うい所で車は無事だった。台風が去って後の片付けに朝から . . . 本文を読む
(舞台冒頭に躍る仲嶺眞永さんのゼイ)
もっとリハを見たいと思っていた真喜志康忠さんがかつて主演した「多幸山」である。氏が戦後懸命に沖縄芝居に創作した作品である。演出家の幸喜良秀氏の演出も気になっていたが、なかなか見に行けなかった。でも台風最中でゲネも含めキャンセルになるかと思いながら企画課に電話するとゲネがあるというので、急いで風雨の中、向かった。前座を躍る芝居 . . . 本文を読む
「ブログが誰への発信なのか?」と彼は問うた。「好きな事が自由に検証もなく書けていいですね」ともーー。「この論文はブログ的ではなく」と彼女は言った。つまり学術論文を最上位に置く視点である。実証的なことばではない限り信頼できない。だから数多のブログなんてね、というスタンスである。博士号を取得している彼や彼女の姿勢が「ああ遅れている」というのがこちらの考えである。「ことばの垂れ流し、チープな論の展開」だ . . . 本文を読む
The New SignificanceがZnetと関係しているのかと思い検索してみるとそうでもないようで、でもチョムスキーの長いエッセイが紹介されていて、アナキストの彼のスタンスはなるほどと思う。「多言語社会研究会」を主宰している原 聖先生を一瞬思い出した。
以下は彼らのコンセプトである。ジャマイカ出身のBob Marleyについての長いエッセイ(論稿)を読んだが、読み応えがあった。学生に課題 . . . 本文を読む
今朝母の家の庭に立つとまたあの赤ショービンの鳴き声が聞こえてきた。ヒューヒョロロと二回ほど聴こえてきた。また聴きたくて庭を歩くがカラスの鳴き声に消されてしまった。
季節によって沖縄に飛んでくるという赤ショービンは何やらこころにざわめきをもたらす。母が「これを読んでごらん」と、曽野綾子の新書を手渡した。老境を生きる者たちへの心構えの教訓書である。さっと読んだ。「いくつになっても、死の前日まで生き直 . . . 本文を読む
日曜日、久しぶりに親らしいことをやって一日が過ぎた。タコライスを料理し、部屋の掃除に明け暮れた。左腕が痛くなっているにもかかわらず、今やらないと、もう手がつけられない、と思い立って片づけ始めたら日が暮れていた。
中学から高校までの参考書やテスト問題など、溢れる紙が散らばる部屋に踏み入った。若者は徹夜で勉強していたらしく午前中寝入っている。その間に身体に鞭打って掃除したのである。そして夕方自分でチ . . . 本文を読む
極めて学術的な、しかしアメリカに関心を抱いている多くの読者にとっても切り口の新しさに感銘が得られるであろうアメリカ文化論である。どうも沖縄の地にいると、アメリカは27年間沖縄を占領した帝国であり、戦争が好きで、自由と平等の名においてなんでも好き勝手にやってのける国、のイメージが抜けない。1972年の日本復帰後も沖縄に居座り続けるアメリカを身近に感じているゆえに、彼らの存在が、つまり1853年の琉球 . . . 本文を読む
実はXXさんとのメールのやり取りをこちらに匿名でUPしていたのですが、匿名性と立場上の配慮から
氏からは削除をお願いされました。よって削除いたします。沖縄は小さな島国ゆえに、批評が成り立ちに
くい所でもあります。しかしあえて批評や研究に取り組む事の切実さを逆に感じながら向き合ってもいます。
それから多様な見解があってもいいと考えています。研究者の陥穽もあります。実演家の陥穽もあります。
観客の陥 . . . 本文を読む
【わずかな贅沢】
詩はメッセージではないと
彼は言った
詩は詩のために奉仕するのだと
彼は言った
そうなの
なら君は
詩をそもそも書くべきでは
なかった
ことばに奉仕するために
art for art's sake
. . . 本文を読む