あるいはエステル 2022-10-26 | おきにいり 「あるいはエステル」の表紙 超正論で紹介したカーチャ・ペトロフスカヤの「あるいはエステル」今も読んでいます。 2度目ですが読み終わるのが残念で、ちょっと足踏みしています(又読めばいいんですけどね)。ユーモアも交えて詩情豊かな文章ですが、内容はドラマチックで濃厚。1回で書き終わろうと思ったのですが、どう書いたらいいか分からないし、どうせ上手にまとめられるわけがないけど、紹介したいので、とにかく書き始めることにしました。 2013年に発表されたもので、ロシアによるクリミア半島併合や現在進行中のロシア軍のウクライナ侵攻以前の作品ですが、既に中欧の万華鏡のようなウクライナの複雑な立場が滲み出ています。 著者は1970年にソビエト連邦の構成国であるウクライナ共和国のキエフ(キーウ)に生まれ、学校からの旅行(多分日本で言う「修学旅行」)で初めて出掛けた外国がポーランドでした。 ウクライナの独立後、著者は再びワルシャワを訪れます。祖父母の住んでいた家を探すためです。ワルシャワにあるJewish Genealogy & Family Heritage Centerで著者は祖先の履歴を知り、画像部門で祖父母の住んでいた家の写真も紹介されます。それは部門の担当者が最近eBayで購入したものでした。古い歴史的写真がeBayに売り出されるのだそうです。 ところがその後、著者の母親が家の番地を間違えていたと言い出すのです。しかし2番地違いの家は、当該の写真に写っていました。これはヨーロッパの番地制度のおかげです。通りの片側には奇数番地が並び、反対側には偶数番地が並んでいます。従って2番地違いの建物は隣同士なのです。著者の祖父母は1939年まで、その家に住んでいました。当時ワルシャワ市民の39%がユダヤ人でした。 続きます でも乞無期待 著者の祖母は最晩年、回想録を書き続けました。しかし殆ど目の見えなくなった祖母は紙を取り替えることなく続きを書き、その結果、多くの行が重なる縺れた糸のようなものが残りました。それが本書の表紙となっています。