9月19日発行の日刊ゲンダイ2面にこんな記事が載っていた
「外交委員長就任 鈴木 宗男が暴く機密費 27億円 の使われ方」と題し、さらに 『外務省は恐々』とある。
「鈴木宗男(61)の外務委員長就任を認めるかどうかで大モメになった。
きのう(18日)の国会。自民党が『刑事被告人の委員長は前例がない』と反対したため1時間も開催が遅れた。結局起立採決によって就任が決定。真っ青になっているのが、外務省だ。
かって蜜月関係だった外務省に裏切られ、自民党離党に追い込まれた宗男は、離党後『質問趣意書』を連発して外務省の疑惑を徹底的に追及してきた。外務省の『天敵』だ。委員長就任に当たっても『外務省のムダを明らかにしたい。自民党時代にムダな予算を付けた反省を込め、質問に立ちたい』と、”報復”してやろうとヤル気満々。
ビビりまくる外務官僚は、何とか穏便にと、幹部連中が『ご挨拶に伺いたい』と入れ替わり立ち代り、電話しまくっている。
外務官僚が恐れているのは、外交機密費の暴露らしい。『外交機密費は、01年までは56億円、09年度予算でも27億円が計上されています。外交上の情報収集に使ったと言っておけば、領収書も要らない。だから、外務官僚はデタラメに使ってきた。宗男は外交機密費の中身を洗いざらい明らかにするつもりだとみられているのです。外交機密費がどう使われたかは、日付、名前、金額、目的がノートに記載され、きちんと保管されている。宗男は岡田外相と組んで、一冊残らずノートを出させるつもりでしょう』(外務省事情通)
外務官僚だった作家の佐藤優氏が書いた『外務省 ハレンチ物語』によると、外交機密費は女性職員を手なずける金品や食事代、不倫による超過勤務代とタクシー代、モミ消し料にまで使われてきたという。外務委員長についた宗男は、トコトン、外務省のウミを出すべきだ」 引用終り
ちなみに今日(19日)の『宗男日記}
http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html
に鈴木宗男氏の外務委員長就任に関する、ご本人の気持ちが公表されている。了承を受けているわけではないが全文を引用させていただく
「私の外務委員長就任について様々な報道がなされている。
私はまぎれもなく、裁判をしている刑事被告人である。しかし、民主主義の一番身近な手続きである選挙によって、平成17年9月、そして今回、国民から選ばれた国民の代表たる国会議員として、国政に参画する機会を戴いた。私はその職責をしっかり果たして参りたい。そしてこの度、外務委員長のポストを戴いたのである。
8年前を想い出す時、一方的な権力側のリークにより、メディアスクラムによるムネオバッシングが行われた。「ムネオハウスで捕まる」、「北方領土支援、三井物産のディーゼル発電で逮捕される」、「アフリカODA、ケニアのソンドゥ・ミリウダム事業で捕まる」と、テレビ・新聞から3か月も叩かれたものである。私はこれらの件では裁判をしていない。こうした話は事件にならなかった。当時、日本中のメディアがこの3件を連日流したものだった。
検察も調べはしたが、私は何も関与していないので立件できなかった。だが、世の中の空気では「鈴木は悪いやつだ。なぜ捕まえないのか」という声が支配的で、検察も動きやすくなった。勿論検察、外務省のリークにより、裏のとれない話はメディアの皆さんも鵜呑みにせざるを得なかったのである。8年が経過した今、あの時の報道は正しかったのかどうか、お互い冷静に考えてみたい。
メディアは自らの基準で正義や悪を判断してはいけないし、一方的な思いこみでの表現はあってはならないと考える。
8年前、世の中をお騒がせしたことは反省しなくてはならない。しかし私は、その反省の上に立ち、平成17年、国政に復帰出来たのである。
朝日新聞の今日の社説に「鈴木氏は自民党時代、外務省との関わりが深く、人事や政策にも強い影響力を持ったといわれる。小泉政権では当時の田中真紀子外相らと激しい確執を繰り広げ、衆議院議院運営委員長を辞任したこともあった」という記述があるが、これは正確ではない。
私が人事に口を挟んだというのなら、具体的事例を挙げて戴きたい。根も葉もない、風聞(ふうぶん)に基づいての話は一番タチが悪い。
政策についても、私は時の総理の意向を受けて、忠実に国益の観点に立って、政府の方針に沿って動いたものである。これも、意図的、恣意的につくられた「二元外交」という事実がなかったことは、後に明らかになっている。
田中氏との確執と言うが、私は田中さんとぶつかったことはない。これも時の人気者田中さんに対し、ヒール役として私が使われただけである。
衆議院議院運営委員長を辞めたのは、当時の飯島勲総理秘書官から「小泉は田中を辞めさせる決意をしました。ついては鈴木さんも協力して下さい」と言われ、これも、国益の観点から同意したのである。忘れもしない、平成14年1月30日の夜中、小泉首相があのカン高い声で「鈴木さんすまん。この借りは必ず返す。今、山崎幹事長をお礼に差し向ける」と言ってきたものである。
私は正直に、信念を持って生きてきた。私と付き合ってきた人から、鈴木の人間性が嫌だとか、政治家として嫌いだという声は聞かれない。私を知らない、マスコミの話を鵜呑みにしたり、デマ、中傷を真に受けている人の中に、「鈴木ケシカラン」という声があることは承知している。
私も権力の側にいた時は、前しか見ていなかったきらいがある。国策捜査の後、私は横を見、特に声なき声に耳を傾け、後ろを見ることにしている。この姿勢にそれなりの理解と評価、期待感を今持たれていると認識している。
外務委員長就任を機に、外務官僚の税金の無駄使い、機密費の使途を明らかにして、外務省に、国民に対する情報開示をさせたい。また、核持ち込みや沖縄返還密約について、「ない」、「ないものはない」と言ってきた外務官僚である。この点も国民への情報の透明性確保を図るためにも、しっかりと国会の場で事実解明をして参りたい。私に対する批判や様々な御指摘はあって当然である。是非とも私の仕事を見てから評価、判断をして戴きたいとお願いしたい。
働くチャンスを与えられた以上、国民の目線に立ってしっかり結果を出していきたい。結果が出ない時は、何なりと叱責(しっせき)、罵倒(ばとう)されても致し方ないと心している。
なお、外務省に私が質問主意書を沢山出してきたのも、外務省の自浄能力に期待したからである。自民党時代、権力の側にいた時、私は予算にしろ、行政改革、省庁再編にしろ、外務省の言うとおりやってきた。当時はそれが国益であると考え、良かれという思いでやってきた
ところが外から見る外務官僚は、在外勤務手当を貯蓄に回し、外交のために活かしていないことがわかった。国民の理解、支持があって初めて良い外交が出来るのである。そのことを考え、国民の思いを私が代弁し、情報の開示を図ってきたのである。
外務省の職員の中でも、アフリカや中南米、中央アジア等、劣悪な環境の中、日の丸を背にして一所懸命頑張っている職員が沢山いることを私は知っている。自己保身や自分の出世しか考えない一握りの姑息な人たちのせいで、正しい評価をされていない職員に、私は政治家として少しでも勇気や誇りを与えたいと考えている。
6時55分羽田発で女満別に飛び、10時から網走管内上湧別町で日本商工会議所青年部「第22回北海道ブロック遠軽大会」に出席し、挨拶をする。
14時25分女満別発で札幌に向かい、HBC(北海道放送)、HTB(北海道テレビ放送)の取材を受ける。
今日の北海道は爽やかな秋晴れであった」 引用終り
今回の総選挙で『新党大地」が民主党と連携した効果は大きかった。残念ながら、大地は2人を比例区で当選させることは出来なかった。後一歩だったのに、本当に残念だった。次に期待しよう。
「外交委員長就任 鈴木 宗男が暴く機密費 27億円 の使われ方」と題し、さらに 『外務省は恐々』とある。
「鈴木宗男(61)の外務委員長就任を認めるかどうかで大モメになった。
きのう(18日)の国会。自民党が『刑事被告人の委員長は前例がない』と反対したため1時間も開催が遅れた。結局起立採決によって就任が決定。真っ青になっているのが、外務省だ。
かって蜜月関係だった外務省に裏切られ、自民党離党に追い込まれた宗男は、離党後『質問趣意書』を連発して外務省の疑惑を徹底的に追及してきた。外務省の『天敵』だ。委員長就任に当たっても『外務省のムダを明らかにしたい。自民党時代にムダな予算を付けた反省を込め、質問に立ちたい』と、”報復”してやろうとヤル気満々。
ビビりまくる外務官僚は、何とか穏便にと、幹部連中が『ご挨拶に伺いたい』と入れ替わり立ち代り、電話しまくっている。
外務官僚が恐れているのは、外交機密費の暴露らしい。『外交機密費は、01年までは56億円、09年度予算でも27億円が計上されています。外交上の情報収集に使ったと言っておけば、領収書も要らない。だから、外務官僚はデタラメに使ってきた。宗男は外交機密費の中身を洗いざらい明らかにするつもりだとみられているのです。外交機密費がどう使われたかは、日付、名前、金額、目的がノートに記載され、きちんと保管されている。宗男は岡田外相と組んで、一冊残らずノートを出させるつもりでしょう』(外務省事情通)
外務官僚だった作家の佐藤優氏が書いた『外務省 ハレンチ物語』によると、外交機密費は女性職員を手なずける金品や食事代、不倫による超過勤務代とタクシー代、モミ消し料にまで使われてきたという。外務委員長についた宗男は、トコトン、外務省のウミを出すべきだ」 引用終り
ちなみに今日(19日)の『宗男日記}
http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html
に鈴木宗男氏の外務委員長就任に関する、ご本人の気持ちが公表されている。了承を受けているわけではないが全文を引用させていただく
「私の外務委員長就任について様々な報道がなされている。
私はまぎれもなく、裁判をしている刑事被告人である。しかし、民主主義の一番身近な手続きである選挙によって、平成17年9月、そして今回、国民から選ばれた国民の代表たる国会議員として、国政に参画する機会を戴いた。私はその職責をしっかり果たして参りたい。そしてこの度、外務委員長のポストを戴いたのである。
8年前を想い出す時、一方的な権力側のリークにより、メディアスクラムによるムネオバッシングが行われた。「ムネオハウスで捕まる」、「北方領土支援、三井物産のディーゼル発電で逮捕される」、「アフリカODA、ケニアのソンドゥ・ミリウダム事業で捕まる」と、テレビ・新聞から3か月も叩かれたものである。私はこれらの件では裁判をしていない。こうした話は事件にならなかった。当時、日本中のメディアがこの3件を連日流したものだった。
検察も調べはしたが、私は何も関与していないので立件できなかった。だが、世の中の空気では「鈴木は悪いやつだ。なぜ捕まえないのか」という声が支配的で、検察も動きやすくなった。勿論検察、外務省のリークにより、裏のとれない話はメディアの皆さんも鵜呑みにせざるを得なかったのである。8年が経過した今、あの時の報道は正しかったのかどうか、お互い冷静に考えてみたい。
メディアは自らの基準で正義や悪を判断してはいけないし、一方的な思いこみでの表現はあってはならないと考える。
8年前、世の中をお騒がせしたことは反省しなくてはならない。しかし私は、その反省の上に立ち、平成17年、国政に復帰出来たのである。
朝日新聞の今日の社説に「鈴木氏は自民党時代、外務省との関わりが深く、人事や政策にも強い影響力を持ったといわれる。小泉政権では当時の田中真紀子外相らと激しい確執を繰り広げ、衆議院議院運営委員長を辞任したこともあった」という記述があるが、これは正確ではない。
私が人事に口を挟んだというのなら、具体的事例を挙げて戴きたい。根も葉もない、風聞(ふうぶん)に基づいての話は一番タチが悪い。
政策についても、私は時の総理の意向を受けて、忠実に国益の観点に立って、政府の方針に沿って動いたものである。これも、意図的、恣意的につくられた「二元外交」という事実がなかったことは、後に明らかになっている。
田中氏との確執と言うが、私は田中さんとぶつかったことはない。これも時の人気者田中さんに対し、ヒール役として私が使われただけである。
衆議院議院運営委員長を辞めたのは、当時の飯島勲総理秘書官から「小泉は田中を辞めさせる決意をしました。ついては鈴木さんも協力して下さい」と言われ、これも、国益の観点から同意したのである。忘れもしない、平成14年1月30日の夜中、小泉首相があのカン高い声で「鈴木さんすまん。この借りは必ず返す。今、山崎幹事長をお礼に差し向ける」と言ってきたものである。
私は正直に、信念を持って生きてきた。私と付き合ってきた人から、鈴木の人間性が嫌だとか、政治家として嫌いだという声は聞かれない。私を知らない、マスコミの話を鵜呑みにしたり、デマ、中傷を真に受けている人の中に、「鈴木ケシカラン」という声があることは承知している。
私も権力の側にいた時は、前しか見ていなかったきらいがある。国策捜査の後、私は横を見、特に声なき声に耳を傾け、後ろを見ることにしている。この姿勢にそれなりの理解と評価、期待感を今持たれていると認識している。
外務委員長就任を機に、外務官僚の税金の無駄使い、機密費の使途を明らかにして、外務省に、国民に対する情報開示をさせたい。また、核持ち込みや沖縄返還密約について、「ない」、「ないものはない」と言ってきた外務官僚である。この点も国民への情報の透明性確保を図るためにも、しっかりと国会の場で事実解明をして参りたい。私に対する批判や様々な御指摘はあって当然である。是非とも私の仕事を見てから評価、判断をして戴きたいとお願いしたい。
働くチャンスを与えられた以上、国民の目線に立ってしっかり結果を出していきたい。結果が出ない時は、何なりと叱責(しっせき)、罵倒(ばとう)されても致し方ないと心している。
なお、外務省に私が質問主意書を沢山出してきたのも、外務省の自浄能力に期待したからである。自民党時代、権力の側にいた時、私は予算にしろ、行政改革、省庁再編にしろ、外務省の言うとおりやってきた。当時はそれが国益であると考え、良かれという思いでやってきた
ところが外から見る外務官僚は、在外勤務手当を貯蓄に回し、外交のために活かしていないことがわかった。国民の理解、支持があって初めて良い外交が出来るのである。そのことを考え、国民の思いを私が代弁し、情報の開示を図ってきたのである。
外務省の職員の中でも、アフリカや中南米、中央アジア等、劣悪な環境の中、日の丸を背にして一所懸命頑張っている職員が沢山いることを私は知っている。自己保身や自分の出世しか考えない一握りの姑息な人たちのせいで、正しい評価をされていない職員に、私は政治家として少しでも勇気や誇りを与えたいと考えている。
6時55分羽田発で女満別に飛び、10時から網走管内上湧別町で日本商工会議所青年部「第22回北海道ブロック遠軽大会」に出席し、挨拶をする。
14時25分女満別発で札幌に向かい、HBC(北海道放送)、HTB(北海道テレビ放送)の取材を受ける。
今日の北海道は爽やかな秋晴れであった」 引用終り
今回の総選挙で『新党大地」が民主党と連携した効果は大きかった。残念ながら、大地は2人を比例区で当選させることは出来なかった。後一歩だったのに、本当に残念だった。次に期待しよう。