井浦「けせもい市からまいりました井浦と申します。映画祭のゲストなど、おこがましく、集客にも全く役立たないのですが、ご指名いただいたことはとても光栄に感じていますので、今日はこの「太陽がいっぱい」に主演しているアラン・ドロンに私が会ったトンデモツアーについてなど、お話させていただこうと思っています。」
本庄 ありがとうございます。では、まず「太陽がいっぱい」との出会いについて教えていただけますか。
井浦「月並みですが、最初はテレビで観ました。私が十代の頃はNHKで日曜午後に『世界名作劇場』というタイトルだったと思いますが、「駅馬車」や「荒野の決闘」「野いちご」などが繰り返し放映されていました。その中の一本としてです。」
本庄 なるほど。その時に見たアラン・ドロンや映画の印象はいかがだったでしょうか。
井浦「初期のアラン・ドロンはとてもきれいですよね。60年代中期になるとアメリカ映画出演での挫折やスキャンダルがあったりで、男っぽく変わって行きますが、若いころは端正なハンサムというイメージです。映画は南イタリアが舞台なのですべてがまぶしく、日本人の生活、日常とはかけ離れていて、まさに別世界という印象です。それは年齢を重ねた今も変わりません。」
本庄 「太陽がいっぱい」におけるアラン・ドロンの魅力はどんなところでしょうか。
井浦「一応サスペンス映画なのですが、トム・リプレーがやり過ぎたり、抜けていたり、逆にそれで感情移入してハラハラさせられます。そのうちに、彼が好きになってしまうのでしょう。」
本庄 一番好きなシーン、忘れられないシーンはどこですか。
井浦「ドロンで言えば、オーバーヘッド・プロジェクタ(投射機)と製図用拡大器を使ってサインを練習するシーンは大好きです。それから、マリー・ラフォレがギターを持っているシーンはとてもチャーミングですね。」
本庄 それ以外にアラン・ドロン作品では、どれが好きですか。
井浦「ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「太陽はひとりぼっち」は白黒で陰影に富んだ映像です。ドロンはモニカ・ヴィッティの相手役として「受け」の演技が素敵でした。あとはやっぱり「冒険者たち」、「さらば友よ」ですね。」
本庄 それではそんなアラン・ドロンに会った時のことを伺いたいのですが、どんな経緯で実現したんでしょうか。
井浦「1991年のことです。80年代のバブルのなごりでしょう、大手旅行業者が企画した、パリでアラン・ドロンに会うだったり、ローマでジュリアーノ・ジェンマに会うだったり、そんなトンデモツアーがまだ存在していました。でもドル箱企画だったようですよ。」
本庄 ツアーは具体的にどんな内容だったのですか。
井浦「8日間でローマ、ロンドン、パリの3都市を巡り、パリの日航ホテルの大ホールでアラン・ドロンのワンマンショーを観るという内容でした。あとで気がついたのですが、3都市を逆回りするツアーもあって、つまり3本分のツアー客が日航ホテルで集合するという、非常に効率の良い企画だと感心しました。」
本庄 アラン・ドロンに対面したのはどんな状況でしたか。
井浦「そのショーを観た後、いくつかの班に分かれて記念撮影するという流れです。」
本庄 実際に会ったアラン・ドロンはどんな人でしたか。
井浦「私は身長185センチの大男ですが、ドロンも180センチを超えていて押し出しがよく、酒やけなのか精悍な顔つきで、とにかく圧倒されました。」
本庄 何か会話したり、サインをもらったり、プレゼントを渡したり、ということはなかったんですか。
井浦「プレゼントを渡している女性もいましたが、私は握手だけです。それが、握力が強くてびっくりしました。その力をこめた握手に、日本人と外国人の行動様式の違いを気づかされて、一層忘れられないものになりました。」
本庄 井浦さんにとってアラン・ドロンはどんな存在なのでしょう。
井浦「映画の入り口、ガイドです。彼を通して、ビスコンティやロベール・アンリコ、ジョゼ・ジョバンニといった監督や作家、それにマリー・ラフォレやマリアンヌ・フェイスフルなどの女優たちを知りました。恩人みたいなものです(笑)」
本庄 ほかにどんな映画が好きですか。井浦さんは、これまでどんなシネマライフを送ってきたんでしょうか。
井浦「私は今も昔も映画小僧です。しかもミーハーな。西部劇や戦争映画から入って、ドロンとベルモンドのガイドでフランス映画へ足を踏み入れました。
好きな映画を尋ねられてすぐに頭に浮かぶのは、トリュフォーの「隣の女」です。それから、まったく毛色が違うのですが、キャロル・リードの「文化果つるところ」、「マイ・フェア・レディ」のオリジナルに当たる「ピグマリオン」、オーソン・ウエルズのシェイクスピア作品など、原作ありの映画を好む傾向はあると感じています。
本庄 ほかに好きな俳優、監督を教えてください。
井浦「この作品に出ているモーリス・ロネとマリー・ラフォレも私には特別な俳優です。監督は、なんといってもマーティン・スコセッシですね。」
本庄 この石巻名画座では皆さんに喜んでいただける作品を上映したいと思っているのですが、何かおすすめの映画がありましたら教えてください。
井浦「ぜひドロンの「冒険者たち」をお願いします。あるいは、この「太陽がいっぱい」のリメイクに当たる「リプリー」、もしくは、同じパトリシア・ハイスミス原作でヒチコック監督の「見知らぬ乗客」もいいですね。映画はしりとりのようなもので、俳優で観る、監督で観る、を繰り返しているうちに詳しくなって行く、と私は考えています。」
(2023年6月)