僕にはセバスチャン・ジャプリゾのマイ・ブームが二度あった。
最初は映画化作品「さらば友よ」や「雨の訪問者」をテレビで観た後、邦訳本を探して読み漁った中学時代。
次はイザベル・アジャーニ主演で映画化された「殺意の夏」(1983年)が日本でも公開され、大きな話題を呼んでいた20代前半。
今思い返すと笑ってしまうのだけれど、そのどちらも、いっときの間、寝ても覚めてもジャプリゾのことを考えていた。
「殺意の夏」公開時はお金がなくて、五反田の二番館で観た記憶がある。
パンフレット、というよりは大判二つ折りのリーフレットは200円だった。たぶん家のどこかにまだある。原作本もある。ビデオテープは捨てた。
アジャーニはセザール賞主演女優賞に輝き、本作が代表作と言われているが、当時も今もちょっと首をかしげる。
僕は原作小説の方を先に読み、魅了されていた。
それだけに、カーリーヘアに褐色の肌の19歳のヒロインを、なにもアジャーニが演じなくても、と思った。
その前年の、「死の逃避行」での彼女がとてもよかったから、なおさらだった。
目が完全にイっている殺人鬼(アジャーニ)を追いかけながらその後始末を買って出る中年探偵(ミシェル・セロー)の奇妙なロードムービー。
のちにアシュレイ・ジャドとユアン・マクレガー主演で「氷の接吻」(1999年)として再映画化されている。さほど評価は高くないが、個人的にはこちらも繰り返し観たくなる作品だ。
公開当時のリーフレット
エヴァ・グリーンはデビュー作の「ドリーマーズ」(2003年)の印象が鮮烈だったことからプロフィールを調べたところ、母親がマルレーヌ・ジョベールだと知り心底驚いた。
日本では「雨の訪問者」(1969年)のヒロインとして知られている。
「雨の訪問者」とその前年の「さらば友よ」は、僕にとっては好き過ぎていくら語っても語り尽くせない作品だ。
どちらも脚本セバスチャン・ジャプリゾ、主演ブロンソン。
「雨の訪問者」はそれに加えて監督ルネ・クレマン、音楽フランシス・レイで、しかもジョベールの義妹にあたるマリカ・グリーン(ロベール・ブレッソン監督の「スリ」のヒロイン)がカメオ出演していた。
こういったところは、プロデューサー(セルジュ・シルベルマン)のいい仕事だ。
ご存知のとおり、エヴァ・グリーンはそのあと「007カジノ・ロワイヤル」(2006年)に出演している。
アルマーニやグッチのパンツスーツを知的に美しく着こなし、粗野なボンドを一流の男に引き上げる、歴代最高のボンド・ガールだ。
でも、どう考えてもエヴァ・グリーンとショートカットのそばかす美人ジョベールの雰囲気と容姿が重ならないのだけれど、マリカ・グリーンの姪と言われれば、なんとなく納得する。
ブロンソンの役名が「ドブス」なのが笑える
アルマーニの衣裳で同じポーズ
「スリ」(1959年)のマリカ・グリーン
数年前、デパートで手に取った革手袋がボルサリーノ社の製品だったのには驚いた。
ただし、日本製のライセンシー商品だったことから少し迷ったが、結局購入した。
ダーバンのスーツを着ても強くなった気はしないが(そもそも持っていない)、ボルサリーノの手袋をつけるとワクワクする。
フランス映画「ボルサリーノ」(1970年)はチンピラ二人(アラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンド)がマルセイユの暗黒街でなり上がり、あこがれの名品イタリア・ボルサリーノ社製の帽子をかぶるまでになるのだが―、というストーリー。
ドロンが自身のプロダクションの企画へ三拝九拝してベルモンドを招き実現させた競演作だ。
ただし、有名な作品の割に、さほど面白くない。
脚本が薄く、特にベルモンドの個性を生かし切れていない。
内容よりも、スター二人の間の緊張感がヘンに伝わってきて、そちらにハラハラする。
かえって、野沢那智(ドロン)と山田康雄(ベルモンド)による往年の吹替版を「ながら見」するくらいがちょうどいいかもしれない。
今は手袋だが、もう少し頭が寒くなってきたら、ボルサリーノの帽子もありかな、とベルモンドの訃報に接して不謹慎なことを想った。
僕たち1970年代半ばから映画館に通い出した世代からするとジャン=ポール・ベルモンドやアラン・ドロンはすでに大スターで、彼らの代表作は頻繁にテレビで放映されていた。
それを逃さず観るうちに、ベルモンドの映画ではゴダールやトリュフォー、ジーン・セバーグ、アンナ・カリーナ、クロード・シャブロールらの名前を、ドロンの映画ではヴィスコンティやミケランジェロ・アントニオーニ、ジョセフ・ロージー、マリー・ラフォレ、ロミー・シュナイダーらの名前を知り、やがてベルモンドやドロンの出ていない彼ら・彼女たちの作品を観るようになって行った。
そういう映画青年は多いと思う。
二人は日本の映画ファンにとってフランス映画、ヨーロッパ映画の入り口であり、良きガイドだったのだ。
僕はどちらかというとドロン側で、実際ドロン当人やミレーヌ・ドモンジョ、ジョゼ・ジョバンニ(作家・監督)、マリアンヌ・フェイスフル、ニコ(ドロンとの子がいる)に会ったり観たりしているが、ベルモンドは舞台劇「シラノ・ド・ベルジュラック」公演で来日した際、仕事の都合で観に行くことができず、長年の心残りとなっていた。
さようなら、ベルモンド。いろいろ教えてくれて本当にありがとう。安らかにお眠りください。
「勝手にしやがれ」より、ジーン・セバーグと。
胸の奥の方に、ポイントカードのようなものがある。
そこへ自動的にバツマークがついて行く。
満点になったらそれで終わり。
一番怖いのは、同じようにカードを持った方に会ってしまうこと。
そして、その軽蔑という満点カードをもらってしまうこと。
でも、それが心底怖いからこそ、今まで身を律してやって来れたのだと思っている。
写真(映画「軽蔑」より)