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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

私を文楽に連れてって

2012-07-02 | 文化政策
 6月30日付の毎日新聞に「大阪市 文楽補助金 全額カットへ」の見出しが躍っていた。
 大阪市の橋本市長が、公益財団法人「文楽協会」への補助金について、予算ヒアリングのため申し入れていた面会を人間国宝に拒否されたとして「特権意識にまみれた今の文楽界を守る必要はない」と、全額カットする意向を表明した、というものである。
 市は今年度本格予算案に昨年比25%減の3900万円を計上しているが、市長は議会で可決されても執行しない方針という。
 一方、文楽トップの人間国宝、竹本住大夫さんは「面会の申し込みがあったとは聞いていません」と驚き、「こっちが会いたいです」と話した、とのこと。

 何かとてつもない行き違いか勘違いがあったのだろうか。何か言葉に言い表せないもやもや感が胸に残る。当の橋本市長はなぜこれほどまでに文楽を目の仇にするのだろう。
 もっとも府知事時代に大阪(現・日本)センチュリー交響楽団への補助金を全廃するなど、文化助成に大ナタを振るってきた人だから、文楽だけを狙い撃ちにしているわけではないのかも知れないのだが。

 この問題については、同じく毎日新聞6月1日付夕刊の特集ワイドで大きく取り上げられていた。
 これによると、当時、府知事だった時には一度見に来ただけで、「こんなんに3時間も4時間も座っているのはつらい」と切り捨て、「2度目は行かない」と言ったとか。その後、府知事は文楽協会への大阪府補助金3631万円の約43%を削減した。
 これに対し、多くの識者から批判の渦が巻き起こったのは周知の事実。その後、橋本市長は「文楽は守るが、文楽協会は守らない」と発言し、これまた波紋を呼んだとか。

 市長にとっては文楽も歌舞伎も落語もポップ系の歌手もアイドルも芸能人も違いはないようだから、公的に守るべき文化なんて青くさい論ははなから聞く耳を持たないのかも知れない。
 でも、この場合、圧倒的に権力を持っているのは市長の側なのだから、「特権意識にまみれた今の文楽界云々」という発言はいかがなものだろうか。

 もちろん様々な意見があって、文楽擁護派のコシノヒロコさんも文楽の素晴らしさや守るべき文化の大切さを訴える一方、文楽の側にもこれまで甘えがあったのではないか、観客を育てるという努力をしてこなかったのではないかと苦言を呈している。
 それは十分に理のある話で納得もするし、文楽界にもしっかりしろよと声もかけたくなるけれど、それにしても大阪市長は約267万人の人口を擁する大都市・自治体の代表であり、顔でもある。そうした立場にある人が自分の価値観を一方的に押し付け、その価値観で相手の矜持も培ってきた伝統も何もかも問答無用で捻り潰そうとするのは考え物である。
 自治も文化もケンカではない。ただ議論に勝てばよいというものではないのだ。

 いっそ若い世代に人気のある市長のことだ。それなら持ち前の弁舌とカリスマ性で若者たちに呼びかけてはどうだろう。
 「みんなで文楽を観に行こう! 文楽協会はけしからんが、文楽を観ないのは大阪人の恥や!」くらいのことは言ってもらいたい。
 たとえばそれで10万人の若者たちが呼びかけに応じて文楽のチケットを買って観に行ってくれたら、それだけでカットされた補助金くらいカバーできるというものだ。
 橋本市長はその功績によって我が国の古典芸能の救世主として永遠に名を残すことになるだろう。そうなればもう誰にもハシズムなどとは言わせない。
 「私を文楽に連れてってー」と皆で声高らかに歌うことにしよう。


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