
岸和田市の呉服商の家に生まれたが「これからは洋服の時代」と女学校を中退、洋裁の道に進んだ。1934(昭和9)年、同市でコシノ洋装店を開業。紳士服のテーラーだった夫が戦死、戦後は女手一つで娘3人を育てた。
3姉妹がデザイナーとして活躍するようになった後も、自らは洋装店を続けた。ヒロコさんの二女、小篠ゆまさんも同じ道に進み「親子3代デザイナー」として話題になった。
(From 共同通信)
心よりご冥福をお祈りします 合掌
作家、藤本義一さんの話
「世界のトップデザイナーに育て上げた三人の娘に頼ることなく、いまだ現役で活躍するエネルギッシュな"大阪のお母さん"の典型でした。三姉妹の姉貴分のような感じで、私はよく冗談で"四姉妹"と呼んでいました。世界に例のないお母さんだったと思います。本当に残念です」
【産経新聞:朝刊】


【目次】
第1章 女にしか出来ないこと/第2章 父と娘の二人三脚/第3章 夫婦というもの/第4章 別れと出会い/第5章 恋という名のあだ花/第6章 我が子との戦い


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小篠綾子さんは、大阪の「おかん」そのものの感じです。つい最近まで現役で頑張って言いました。昨年だったかファッションショーもやっています。
娘三人も三者三様ですが、世界的ファッションデザイナーというのがまた凄いです。
ご冥福をお祈りします。