鮎川哲也の『黒いトランク』を読みました。
以前クロフツの『樽』について書きましたが、その『樽』を意識して書かれたこの作品を、ミステリーキャンペーンの一環として読んでみた次第です。
私としてミステリー書きの端くれなので鮎川作品をいくつか読んだことはありますが……“実質的なデビュー作”といわれるこの作品は、未読でした。
一応簡単な説明をしておくと、この作品は、講談社が企画した長編ミステリー公募に鮎川が応募し、当選したものです。
鮎川哲也はその時点ですでに作家デビューしていましたが、なかなか思うような成果を出せず、ここに活路を見出します。それまではさまざまなペンネームを使っていましたが、鮎川哲也名義でこの『黒いトランク』を発表。そこから、本格ミステリー界のレジェンドとなるのです。
その選考には、江戸川乱歩や横溝正史もくわわっていました。
本格ミステリー二大巨頭に認められての“デビュー”ですから、これはもう成功が約束されたようなものでしょう。
事実、鮎川哲也は戦後の本格ミステリーを代表する作家となりました。いまでは彼の名を冠した賞が存在し、多くの本格系作家を輩出しています。
その鮎川哲也としてのデビュー作となる『黒いトランク』ですが……
乱歩も指摘したように、たしかにクロフツ『樽』との類似点がみられます。
鮎川本人は、横溝正史のエッセイから着想を得たといっていますが、作中で『樽』に言及していたり、『樽』の内容を踏まえたものと思える記述があったりして、『樽』を意識していたことは間違いありません。
クロフツの場合と同様に、死体を詰めた容器が二つ存在し、それが複雑に移動する過程で謎が生じ、探偵役がその謎を解明していくのです。詳細は書きませんが、『樽』を念頭に置きつつ、クロフツとはまた一味違った解決となっています。
いうなれば、チャック・ベリーの
Sweet Little Sixteen
を下敷きにしてビーチボーイズが「サーフィンUSA」を作ったというようなもので……まさに、本格ミステリー伝説の幕開けにふさわしい作品といえるでしょう。