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風に吹かれて アンマン

日々の想いを記録に残せたらと願っている
内容は「ヨルダン事情・風物詩・気質」「中欧旅行記」「シリア旅行記」などからなる

ヨルダン レンタカー家族旅行(ワディ・ラムからペトラへ)

2009-07-13 | レンタカーによるヨルダン旅行記
4月17日 晴れ

6;00 起床
キャンプの遥か向こうの山から昇る朝陽を見る。


(朝陽)

キャンプの裏に小高い山があるので食事前のひと時、家族5人で登ってみる。


(裏山からの風景)

ちょうど貨物列車が走ってくるのに出くわす。
ヨルダンの数少ない輸出品であるリンやカリウムを運んでいるのであろうか。


(貨物列車)


(キャンプ全貌 手前左がテントでできたレストラン、右がプール
その奥ににシャーレ、屋内レストラン、そして居住用テントと続く)


(裏山から)

朝の散歩を終えて朝食をとる。


(朝食)

8:20 今日の目的地ぺトラに向かって出発。

ぺトラはワディ・ラムの南100kmほどの地点であり、1985年には
世界遺産として登録されておりヨルダン観光では外せない見どころである。

ぺトラは2,000年以上も前から、アラビア半島からやってきたといわれる
遊牧民ナバタイ人(ナバティアン)やべドウィンによって築かれた都市である。

ここはアラビア半島を横断して地中海に至るルート上にあり、キャラバン(隊商)
による交易を通して大いに栄えていたようだ。


(下のワディ・ラムから上方にドライブ)

車はペトラを目指す。

「らくだ注意」の標識はこの地方独特のものであろう。


(らくだ注意)

車は途中より直線で平坦なデザート・ハイウエイを外れて
高低差の多い山道を走るキングス・ハイウエイへと入る。


(キングス・ハイウエイよりの風景)

山道のため景色は変化に富む。


(遠方にも山また山)

10:50 ぺトラに到着。

ビジター・センターで入場券を購入。
我々はヨルダン在住ということで150円と安いが、子供たちは3,000円と
20倍の高さである。
これも観光が主な産業の一つであるヨルダンにおいては仕方のないことか。

我々はメインゲートよりシークと呼ばれる細い道に向かって1.5kmの砂利道を歩く。


(シークへ向かう)

途中、上に4つのオベリスクをもった岩窟墓「オベリスクの墓」が見える。

いよいよペトラらしい風景が顔をのぞかせ期待感が高まる。


(オベリスクの墓)


(シークへの道)

いよいよシーク入口に到着。


(シーク入口)

これからが本格的ぺトラ観光の始まりである。

この狭い岩壁の間の向こうには映画「インディー・ジョーンズ 最後の聖戦」の
舞台となったバラ色の神殿があるはずである。
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ヨルダン レンタカー家族旅行(自宅からワディ・ラムへ)

2009-07-06 | レンタカーによるヨルダン旅行記
4月13日より子供たち3人がヨルダンを訪れた。
ヨルダン滞在は9日間の予定である。

末子の次男は仕事の関係で来れなかったが、
運良く3人の予定がかみ合った。

長女がフライトの手配を全てやったそうで、ゴールデン・ウイークの前のせいか
94,600円と破格の安値である。

家族がこれだけ揃うのは一昨年の次女の挙式でハワイへ行って以来で
私たちはこれを機会にまだ行ってないワディ・ラム、ぺトラ、
それに死海の浮遊体験にレンタカーで行くこととした。

ヨルダンに来て1年以上が経ち、これらのメジャーな観光地に行ってないのは珍しいと
よく知人から冷やかされたが、これも子供たちが来たときにとの思いからだった。

そんな意味で念願の家族旅行である。

4月16日 晴れ

7:14 前日に大家代行が届けてくれてたレンタカーで自宅を出発。

運転は昨年の中欧旅行以来である、家族たちも心配のためかいささか緊張気味。

すぐにデザート・ハイウエイに乗る。

レンタカーはシボレーの小型車である。


(我々が借りたレンタカー)

今日の目的地ワディ・ラムはアンマンの南、デザート・ハイウエイを南下して
およそ320kmのサウジアラビアの国境に近い砂漠地帯である。


(アンマンより南下しワディ・ラムを目指す)

運転は家族の心配をよそに快調である。


(ハイウエイより砂漠を望む)


(途中の奇岩)

11:40 今日の宿泊地、キャンプに到着


(キャンプ正門)

ここはキャンプといっても、我々が泊まるのは子供たちの希望もあり
シャワー、トイレつきの小屋風の戸建である。


(小屋風 シェール)


(室内)


(簡素なシャワー室)

ここはキャンプというだけあってテントもありそこに泊まる人も多いようだ。


(テント)

我々はチェック・インをすませ、お茶をご馳走になった後、
宿泊地から5km先のワディ・ラム入口へと向かった。


(ビジターセンター)

ビジターセンターにて4時間コースの4WDをチャーター。
料金は10,000円。

提供された4WDはかなり使い古されたジープである。


(我々がチャーターしたジープとドライバー)

ジープの荷台に乗って観光開始、奇岩が迫って来る。



ワディ・ラムには有史以前から人が住み、ギリシャやローマ時代の文献に
ワディ・ラムの名が記されているそうだ。


(1世紀に建てられたナバティア人の寺院跡)

岩と砂漠が織り成すランドスケープは続く。


(砂漠を走る1)


(砂漠を走る2)

暫らく走ると岩の隘路にぶつかった。


(中央が隘路)

それは人が一人通るのがやっとといった細さである。


(慎重に歩を進める)

暑さに疲れたのか木陰ではらくだも休んでいた。


(木陰のらくだ)

ジープは小さい石の橋に向かう。


(ロック・ブリッジに立つ娘)

この日は風が強く橋の上に向かう娘も吹き飛ばされるのではと心配するほどだった。

ジープはさらに大きい石の橋に向かう。


(下から見上げたより高いブリッジ)

わたしも上によじ登ってみる、かなりの急勾配だ。


(上から下を見る)

ところどころに奇岩がみえる。


(奇岩)

白いらくだの子供を発見。


(親子らくだのようだが親は茶色である)

岩肌にはナバティア人が描いたラクダの絵もみられる。
これはキャラバン(隊商)の隊列を描いたようである。
ナバティア人はこの時代から貿易で富を蓄えていたそうだ。


(ナバティア人が描いたらくだの絵)

砂山が現れる。


(岩の手前右側に砂山)

ここの砂は赤みを帯びた非常に細かなのが特徴である。


(赤砂漠で一休み)

ほぼ4時間の砂漠探検を終えキャンプに戻る。

シャワーを浴びた後レストランへ。


(レストラン 中央にビュッフェ)

レストランはビュッフェ形式であるが味もよく、またビール、ワインも飲め快適だった。


(夕食)

夕食を終えて空を見上げると、周りの明かりが少ないため満天の星空だった。
何回か時間をずらして見上げてみる。
写真を撮れなかったのが残念である。

本日の走行距離は348KM。

22:00 就寝 



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