こんにちは亀さんです

住民の願いが政治に届くようにと日本共産党石川1区(金沢市内)で活動しています。

「あの日を忘れない」ー浅野川水害から5年

2013-07-29 07:54:12 | 日記
5年前の7月28日朝、浅野川が氾濫し、私の住む浅野校下も大変な被害にあい
ました。8時15分ごろ、濁流は中島大橋右岸(下流に向かって)の堤防をのりこえ(写真の白い三角部分)路地を水路にして家々を襲いました。あれから、5年、7月
28日朝、健康友の会などが集まり、被災跡をウオッチングしました。


5年たち、川底は数メートル掘り下げられ、堤防もかさ上げ、堤防下部も強化され
ました。「今日は何やったいね」「水害から5年、見て回っとるがや」「あの時、
城北さん(病院)に助けてもろうた、ありがたい」と住民の方々。病院職員のみな
さんは仕事開始とともに、情報の収集と並行して患者さんへの見回りなどチームを
組んで展開し、午前中に友の会のみなさんと泥だしなどの作業にあたりました。


「まだ水位の跡残っとるね」と外壁を示す森尾市議。何軒のお宅にも跡がくっき
り残っています。新築されて家もあれば、転居されて空地や駐車場に変わった
場所もあります。傷跡は残っています。当時、住民のみなさんの要望を市に提出
し、すべての被災者に義援金が支給されました。45分ほどのウオッチングでし
たが、改めて災害に強いまちづくりの必要性を痛感しました。


午後、民医連と健康友の会で集いを企画し、70名ほどが参加しました。自らも
被災した藤牧・健康友の会会長がパワーポイント使い、民医連(隣県も含め)と
友の会が住民救済に奮闘したこととともに、社会的弱者ほど深刻な被害を受けた
ことを紹介しました。リレートークでは、朝の行動にも参加した大野院長や柳沢
副院長(写真)も発言しました。


記念講演した全日本民医連の長瀬事務局長は、災害だけでなく、社会的弱者
救援支援にとりくむ全国でとりくめるのは、生まれたときから「いのちの平等」
を理念としているからと指摘しました。3.11後も被災者に寄り添う医療の
実践を紹介、便秘と下痢症状をみて、ひたすらトイレをキレイにすることに奮
闘し「トイレの神様」と言われた医師の実践、奥尻の津波で両親を失った看護
師が被災者に「つらかったね」と抱きしめ悲しみを分かち合うなど数々の実践
にはじーんときました。困難あるところに民医連ありは、宮沢賢治の「イッテ」
(・・の人あれば、行って、・・し)の思想そのものだと強調し、参加者に
感動与えました。(講演に夢中で写真忘れ)