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最高裁が下級審を叱る 最高裁平成23年7月27日第三小法廷決定

2013-04-04 02:38:08 | Weblog
 偶然のことだが,最高裁平成23年7月27日第三小法廷決定・裁判集民事237号307頁という事件に行き当たった。この決定は,いかにも最高裁が,下級審はけしからんと叱っているように感じられたので,家裁月報64巻2号104頁や判例タイムズ1357号85頁も含めて(これらには,原決定の決定文や,解説が載っている。),少しばかり考えてみた。



 家裁月報や判例タイムズに掲載された最高裁の決定文,原審(東京高裁)の決定文,解説文からすると,もともとの事件は,申立人が,協議離婚の後,元夫の相手方に対して,財産分与,慰謝料,年金分割等を求めて申し立てた調停事件(離婚後の紛争調整調停事件)である。
 この調停事件は,調停では話合いがつかずに調停不成立となったが,申立人は,調停のうち,財産分与と年金分割は,旧家事審判法の乙類審判事項(現行家事事件手続法では,別表第二事件といわれるもの)であるから,調停が不成立になれば審判手続に移行するとして,審判期日の指定を求めたのに対し,第1審の東京家庭裁判所立川支部は,申立人の申し立てた調停は,一般調停といわれるもので,調停不成立となっても審判手続に移行しないとして,家事審判官名で期日指定をしないとの通知(本件通知)をした。申立人は,この措置に不服があるとして,期日指定をしない通知が,期日指定却下処分であるとして,即時抗告の申立てをしたところ,抗告審の東京高裁は,調停申立書に1件分(1200円)の印紙しか貼付していないから,1件の調停の申立てと見ざるを得ないが,申立人は,原審で,調停不成立の際には,審判移行を求める意向を明らかにしていたことからすると,財産分与と年金分割を求める部分は,当然に審判に移行したものと解する「余地がある」としつつ,審判の当事者には期日指定申立権がないと解される上,本件通知は,その体裁及び内容からして,単なる連絡文書に止まるものであることが明らかであって,その作成交付をもって,期日指定の申立てに対する却下審判とみることはできないから,本件抗告は,結局その対象となる審判を欠く不適法なものといわざるを得ない,として,即時抗告を不適法却下した。
 そこで,申立人は,特別抗告を申し立てたが,その理由とするところは,憲法32条(裁判を受ける権利)違反というものであったようである。

 この特別抗告に対し,最高裁は,特別抗告自体は,実質は憲法違反の主張ではないとして,あっさり(いわゆる定型文で)却下したものの,「なお」書きをつけて,当初の調停事件のうち,財産分与と年金分割は,「特段の事情のない限り」,その事件名にかかわらず審判に移行しているとした。



 この決定文は,見たところは,あっさりしたものだが,その背景に,最高裁の相当の「お怒り」があると感じられる。

 そもそも,最高裁が,特別抗告の却下決定に,なお書きをつけること自体が異例と思われる。特別抗告は,抗告理由が憲法違反に限定されており,滅多なことで容れられることはない。平成23年の統計でみても,特別抗告で原決定が破棄になったのは総数1285件のうちの1件しかない。当事者としては,高裁の決定に対しては,他に方法もないし,仕方がないから申し立てておくか,という程度のものである。許可抗告という方法もあるけれども,これも,まず容れられない。しかも,悪いことに,許可抗告の許可権限は高等裁判所にあるから,許可されない限り,事件は,最高裁判所の目に触れないことになる。いきおい,無駄だと知りつつ,特別抗告も申し立てて,何とか事件が最高裁判所の目に触れるようにしたいということになる。多分,この事件でも,特別抗告の申立てに併せて,許可抗告の申立てもされていたが,それは高裁段階で不許可にされていたと推察される。
 それはともかくとして,もともと,1審の東京家裁立川支部の取扱いは,調停事件自体が,1件の「協議離婚後の紛争調整調停事件」として立件されており,その事件名は,乙類審判事項の調停ではなく,「一般調停」といわれる調停事件(調停不成立となった場合にも審判に移行せず,あらためて訴えを起こさなければならない種類の事件)を指すものであったようである。

 しかし,上記の事件では,慰謝料に関しては,調停が不成立となった場合に訴訟を起こすことは十分可能であるが,財産分与や年金分割については,家庭裁判所の審判の専権事項とされていて,地方裁判所での訴訟などの他の方法で実現することはできない。しかも,これらについて,家庭裁判所への申立てができるのは,離婚から2年という期間制限がある(民法786条2項,厚生年金保険法78条の2(プラス例外規定による。))。

 現に,判例タイムズの解説によると,調停が不成立となった時期には,上記の2年が既に経過していて,再度の申立てはできない段階に至っていたとのことである。
 すなわち,上記の調停を不成立にして,審判に移行しないとして終わらせてしまうと,申立人は,財産分与も年金分割も申立てができず,権利を失ってしまうという結果になる状態であった。

 そうであるにもかかわらず,1審の家庭裁判所は,家庭裁判所でつけた事件名であるとか,印紙の額といった表面的な基準で,事件の本来的性質だとか,当事者のニーズにかかわらず,原調停の申立ての全体が,審判に移行しない一般調停であるとして,調停全部を不成立で終了させてしまったものである。

 加えて,即時抗告を受けた高等裁判所も,財産分与と年金分割の申立て部分が審判手続に移行した可能性について触れながら,それについて明確な結論を出すことなく,結局は,家事審判の当事者には期日指定の申立権がないだとか,期日指定の申立てを却下した裁判がなく,抗告の対象を欠くだとかの,極めて形式的な理由で,即時抗告を不適法として却下した。



 これでは,申立人は,財産分与と年金分割についての権利をすべて失ってしまい,慰謝料の訴訟しか残された手段がないことになってしまう。せっかく,話合いの機会を求めて,穏便に調停を申し立てたのに,それが仇となって,裁判所から門を閉ざされてしまったのである。それも,理論的に正当で,文句のつけようのない理由であればともかく,事件の名称だとか,手数料だとか,期日指定の申立権がないだとかの,当事者からすると,裁判所サイドの形ばかりの理由で,離婚した妻にとって重大な権利を奪われる結果となったというのである。これでは,その当事者の納得を得られないのはもちろんのこと,裁判所に対する信頼という面で見ても,まことに好ましからざる事態といわなければならない。

 最高裁は,ここに看過できないものがあるとして,「なお」書きによる説示に及んだものと考えられる。
 この「なお」書きによって,調停事件のうち,財産分与と年金分割の部分は,当然に審判に移行して,家庭裁判所に係属していることが明らかになり,申立人の権利は守られたことになった。



 このようなことになった背景を考えてみると,そこに,「役所の論理」が見え隠れしていると感じられる。

 原決定や最高裁の説示からすると,調停の事件名は「離婚後の紛争調整」であったから,これを審判に移行させるためには,そのままの事件名では,いかにもおかしく,「財産分与」や「年金分割」という事件名に変更しなければならないし,調停が1件であったのを,2件にしなければならず,手数料も,調停段階では1件分だったのを,もう1件分追加でもらわなければならないということになるようである。

 これを前提とすると、役所的思考では,そんなことは内部手続として,いかにも面倒だ,ならば,調停全部を一般調停として,調停不成立で終わらせてしまえば,何の問題もない、審判に移行しないことで申立人が不利益を被っても,それは,申立て方法を間違えた申立人の責任だ,という方向になるのであろう。

 また,即時抗告を受けた高裁も高裁である。一番肝心の,多分,申立人もその点についての判断をしてもらいたかったはずの,調停事件のうち財産分与と年金分割が審判手続に移行しているかどうかの点については,ごくあいまいに,「審判手続への移行を求めていたから」,審判手続に移行している「余地もある」とだけ述べて,申立人の求めにはほとんど答えていない。結論に関係ないから判断しないという姿勢である(その姿勢は一般論として誤っているわけではない。)。

 この部分についても,最高裁は,「特段の事情のない限り原則として」審判手続に移行していると明言しており,高裁の考えを誤っているとはいわないまでも,高裁の考えとは大きく異なった見解を示している。



 そう考えると、最高裁は、このような役所的思考,役所の論理が優先で,国民の権利実現は二の次とする思考自体を「けしからん」と断じたものということができる。
 裁判所は,国民の権利を守るのが重要な仕事であるにもかかわらず,その権利の有無を審理する前の段階で,いわば門前払いするような仕事をするな,最高裁は,そう言って,役所的思考から脱皮できていない下級審を叱っているように感じられるのである。




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