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夫婦別姓に関する産経新聞の論説

2015-05-07 02:45:30 | Weblog

 2015年4月13日の産経新聞の「視線」というコラムに,編集委員・大野敏明の署名入りで,「夫婦別姓の誤り」という記事が掲載された。この記事は,どうも産経新聞のトップからはたどれないようだが,検索をかけると出てくる。

 このコラムは,近時,最高裁が,一般にいわれている「夫婦別姓」について違憲かどうかを判断することになったことを受けて,それに対する意見として書かれたもののようである。

 このコラムで述べられている意見は,ごくごく要約すると,以下のようなものである。
 「名字」には,「姓」と「氏」があり,「姓」は,遠い先祖から受け継がれている「血族」を意味し,「氏」は現在の家族集団を表している。足利尊氏は,「姓」は「源」であり,「氏」は「足利」である。
 明治以来の日本では,名字は「氏」であって「姓」ではない。だから,一般にいわれる「夫婦別姓」といういい方は,法的には誤りである。
(以下,原文のまま引用)
 血族集団を表す「姓」はともかく,ともに暮らす家族集団を表す「氏」を変更することは,本来の「氏」の概念とは相いれないのである。
 いま、日本人が名乗っている名字は「氏」であって「姓」ではない。この認識を誤ると、かつての朝鮮での「創氏改名」問題もふくめ、多くの誤解を招くことになりかねない。このことをしっかり認識しておく必要があるだろう。
(引用ここまで)

 

 ここでは,「姓」と「氏」が違う概念であることを基にして,2つの問題提起がされていると読むことができる。
 ひとつは,朝鮮での「創氏改名」問題で,これについては,ここでは触れない。
 もうひとつは,現在,最高裁大法廷で審理されているという「夫婦別姓」問題であり,論者が言いたいのは,「夫婦別姓」という言い方は誤りで,正しくは「夫婦別氏」であり,家族の構成員である夫と妻が,家族の呼称である「氏」を異にすることは,「氏」の概念と相容れず,そんなことは法的に「あり得ない」ことだと主張したいようである。

 この後者の問題提起は,今の「夫婦別姓」問題を正しく認識しているであろうか。
 論者の言うところに従えば,「夫婦別姓」というから「多くの誤解」が生じるのであって,正しく「夫婦別氏」と認識すれば,誤解が正されることになる。果たしてそうなのか。

 夫婦別姓問題の法的側面からの議論を集約したものとして,法務省民事局参事官室が平成7年9月に作成した「婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告及び報告の説明」という文書がある。この文書は,法制審議会民法部会での,婚姻及び離婚に関する制度全般等についての当時の審議の状況を取りまとめ,公表したものだということである(文書の前書き)。

 この文書を読んでいくと,「夫婦の氏」に関する部分には,「姓」という言葉は出てこず,法律用語である「氏」しか出てこない。それは,この文書が,法律に関する行政文書であるから当然のことであろう。文面で見る限り,ここで「姓」と「氏」を取り違えていることは窺えない。

 もっと掘り下げて,いわゆる「夫婦別姓」の議論において,「姓」と「氏」の取り違えがあるだろうか。

 「報告の説明」によると,婚姻制度については,平成3年1月から小委員会で審議が行われ,平成6年7月に,法制審議会民法部会が,その審議の結果を承認し,これを受けて,参事官室が「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」(以下「試案」)というものを作成して公表し,関係各界(裁判所,弁護士会等の法律関係団体等だけでなく,婦人団体,経済団体,労働団体等も含む。)に対する意見照会を行い,782通の回答を得たとのことである。また,これと平行して,総理府が平成6年9月に実施した「基本的法制度に関する世論調査」(以下「世論調査」)においても,この「夫婦別姓」問題(報告書で実施されたとする調査項目は,「選択的夫婦別氏制(その導入に伴う子の氏の在り方を含む。)」が取り上げられ,調査対象者3000人のうち2113人からの回答を得たとされている。

 関係各界に対する意見照会では,試案の3案,すなわち,
  A案:夫婦の氏を定めることが原則とするが,義務づけない
  B案:夫婦の氏を定めないことを原則とする
  C案:夫婦の氏とは別に「氏に代わる個人の表示」を導入する
という3案を示して,意見を聞いたところ,選択的夫婦別氏制の導入の賛否では,導入すべきであるという意見が大半を占め,消極意見はごく少数にとどまったとされている。
 賛成意見の理由としては,以下のものが挙げられている。
  ①婚姻による改氏が社会生活上の不利益・不都合をもたらす
  ②現代社会における多様な価値観を許容すべきである
  ③個人の氏に対する人格的利益を保護すべきである
  ④女性の改氏が95%で実質的に男女差別である
 反対意見の理由としては,以下のものが挙げられている。
  ①夫婦同氏制は,日本の伝統であり,社会に定着している
  ②夫婦別氏制は,婚姻の意義を薄れさせ,家族の秩序維持に好ましくない
  ③子の氏の決定に関する問題が生じる
  ④別氏の希望者は現実には極めて少ない
  ⑤改氏の不都合は通称使用を認めることで回避できる

 賛成意見で,A案~C案のいずれを支持するかについては,B案が比較的多く,A案がこれに次ぎ,C案はごく少数であったとのことである。
 B案を支持する意見は,氏が個人の呼称であることを重視する理由に基づくが,これに対しては,以下のような批判があったとされている。
  ①現行制度から乖離し,国民の意識・感情に沿わない
  ②氏の個人的性格を過度に強調している
  ③家族の一体感を確保する上で問題がある

 また,世論調査の結果では,選択的夫婦別氏制の導入についての賛否については,全体で,賛成27.4%,反対53.4%,どちらともいえない17.0%であったが,20代と30代で,賛成が反対を若干上回るとの結果になり,反対意見は,年齢が高まるにつれて顕著に上昇したとされている。
 世論調査では,その理由についても問うているが,その結果は,以下のようなものだったとのことである。
 賛成意見(多い順)
  別氏を希望する夫婦がいるなら,それを禁止するまでのことはない
  改氏による不利益がある
  男女平等に反する
  現在の制度では一人っ子同士の婚姻が難しい
 反対意見(多い順)
  同氏で家族の一体感が強まる
  名字(姓)は家族の名前だから
  他の人達からも家族と分かる
  日本の社会に定着している

 以上のような意見照会や,世論調査の結果を見て,産経新聞の論者のいうような「姓」と「氏」の違いを理解していないとか,それに基づく「誤解」といったものがあるだろうか。

 少なくとも,立案担当者側は,夫婦「別氏」と,正しく表記しているし,夫婦別氏制の導入が,血族集団の呼称を導入しようとするものだという考え方も存在しない。
 意見照会のうち,選択的夫婦別氏制の導入反対意見やA案に対する批判意見は,明らかに「氏」を家族の呼称として重視する考えに基づいている。導入賛成意見やA案支持意見にも,「氏」が血族集団の呼称と誤解したことを前提とする考え方があるとは思えない。選択的夫婦別氏制の導入の賛成意見も,「氏」が「家族の呼称」であることを当然の前提として,多様な価値観の許容,改氏側の社会生活上の不利益,男女平等といったことを,氏の統一を常に強いられることへの修正要素として主張していると理解できる。

 そこに,産経新聞の論者が言うような「認識の誤り」があるとは,到底思えない。(どうも総理府の世論調査では「名字〈姓〉」という用語を用いて質問文が作られたようだが,この用語法が結果に影響を与えたとも思えない。)
 例えば,中国や朝鮮では,夫婦別姓が当然だから,日本にも夫婦別姓を導入すべきだという議論があれば,それはちょっと違うのではないか,という議論にもなるだろう。
 あるいは,産経新聞の論者は,法制審議会のメンバーや,法務省民事局参事官らは,中国や朝鮮の例を見て,夫婦別氏制の導入を提唱したとでも考えたのかもしれない。多分,参事官室に寄せられた意見の中には,そのような趣旨のものが含まれていた可能性はある。しかし,中間報告や解説には,そのような意見があったことは,一言も触れられていない。それは,少なくとも,取り上げるに足る数のものではなかったことを意味している。
 そうすると,論者が主張するような「認識の誤り」は,立案担当者らにもなければ,関係諸団体にも,一般国民にもなかったことになる。

 報道に当たっても,論評に当たっても,何よりも事実を重視すべきマスコミの論評であるのに,自らの主張する「認識の誤り」があるのかないのかについての検証をしないままに,あたかもそれがあるという前提で評論を書くというのは,いかがなものであろうか。少なくとも,新聞紙面でそのような評論を書くことは,読者に無用の混乱を招くことだと思える。

 それはともかく,論者は,「ともに暮らす家族集団を表す『氏』を変更することは,本来の『氏』の概念とは相いれないのである。」と指摘している。

 この考えはどこから来るものであろうか?。法的概念としての「氏」が成立したのは,明治のことであり,明治期には,それは「家族集団」というよりは,「家」の呼称とされていたものである。これが,文字どおりの「家族集団」の呼称になったのは,現行憲法下での話にすぎない。そういう意味では,法律の時間軸の中では,まだまだ新しい,成立してそれほどの時間が経過していない概念である。
 そして,この法的概念としての「氏」は,法的概念であるがために,法律を変えさえすれば,いくらでも変更可能である。たとえば,法的概念としての「家」は,現行憲法下での民法改正で,あっさりと葬り去られた。

 このように,法的概念というだけでは,それが確固たるものということはできない。

 では,ひとつの法的概念があるとして,それを変えさせないものは何か。それをひとことで言い表すのは難しいが,国民の伝統であるとか,確信といったものであろう。論者の取り上げている,中国や朝鮮での「姓」は,私はよく知らないが,儒教から来るもののようで,日本での「氏」とは,歴史の長さも違うし,国民生活への溶け込み方にも格段の違いがあるもののようである。それがために,日本の統治下でなされた「創氏改名令」は,朝鮮の主権回復とともに,当初に遡って無効とされ,全く定着しなかったようである。

 ならば,現在の日本の「氏」に,それだけの伝統や確信があるのかどうかが問われなければならない。しかし,産経新聞の論者は,そうは考えていないようである。論者によれば,先に「氏」の(法律以前の)概念があり,法律が「氏」を採用した以上は,その概念に従うべきである,というのであろう。

 ここから先は,現実認識の問題となるのだろうが,私が,中間報告や「報告の説明」を読む限り,意見照会や世論調査によって得られた当時の国民の認識は,この「氏」の概念が揺らいでいる,家族の呼称が一個であるべきということが確信されなくなっているというものである。

 家族の呼称は一個で,これを変更すべきでないという考えは,世論調査では,半数強の国民に受け入れられているが,若年層では,必ずしも一個でなくてもよいという考えが、むしろ多数派となっているという現実がある。その現実は,「夫婦別氏」であるべきものが「夫婦別姓」という言葉に言い換えられていることによるものではなく,女性の社会進出が進んだことにより,婚姻改氏の不利益が社会的に無視できない問題として浮上してきたこと,男女平等の考え方が進んだこと,多様な価値観の許容,などの「社会の変化」からくるものというのが真実であろう。

 再度言うが,マスコミ人として評論を書くのであれば,まず事実を確認し,事実に基づいて議論を展開すべきものであろう。事実を確認せず,現実には揺らいでいる価値観を揺らぎないものとし,それが揺らいでいるように見えるのは,言葉使いが誤っているからだ,という議論をするのは,何とも意味のないことだと思える。

 


産経新聞のコラム
http://www.sankei.com/affairs/news/150413/afr1504130010-n1.html


婚姻制度等の見直し審議に関する中間報告及び報告の説明
http://www.moj.go.jp/content/000102870.pdf

 



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1 コメント

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Unknown (嫌ならするな結婚)
2021-11-17 08:02:34
夫婦別姓論でよく世論調査が引き合いに出されるが
制度を全く理解していない一般大衆相手に世論調査しても意味はないと思うが。
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