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会社分割に詐害行為取消権の適用を認めた最高裁判例

2012-11-18 00:06:56 | Weblog
 平成24年10月12日,最高裁第2小法廷は,新設分割の場合に,新設会社に債権が引き継がれなかった既設会社の債権者が,自己にとって詐害的な会社分割に詐害行為取消権の行使が可能であるとする判断を下した。今回は,この判例について考えてみたい。



 平成12年の旧商法下での会社分割の立法以来,10年余が経過した。当初は,現在のみずほファイナンシャルグループの再編に用いられて,一躍有名になり,事業再編のために,このような方法があったかと驚いたものだったけれども,最近は,会社分割の濫用というか,弊害のある会社分割が,特に中小企業において目立つようになってきた。

 もともと,会社分割は,事業再編のために,不良事業を本体から切り出して,新設会社に承継させ,新設会社に倒産処理をすることによって,本体が生き残る手段として意識されていたと思われる。

 そのことは,今ここで出典を参照できないため,具体的に明示できないけれども,立法時の解説書にも,注釈会社法にも,その趣旨の記載があったという記憶である。

 これを検証するに,新設分割の手続において,まず,新設分割計画を定め(会762),その中で,新設分割設立会社(新会社)に承継させる資産,債務,雇用契約その他の権利義務を定めることになる(会763)。そして,この新設分割計画を,新設分割計画の承認を受ける株主総会の2週間前など「新設合併契約等備置開始日」から,新会社成立の6か月後まで,新設分割会社(旧会社)の本店に備え置き(会803),旧会社の関係者に閲覧させて,周知を図ることになる。

 で,問題は,ここからで,新設合併においては,新設合併に異議を述べることができる債権者は,旧会社に債務の履行を請求することができない,言い換えれば,新会社にのみ履行を請求できる債権者に限られ,旧会社のその他の債権者は,新設合併に何ら異議を述べることができない(新設合併の通知すら受けない)ということになっている(会810)。

 このことについては,旧会社は,新会社の資産に相当する新会社の株式を取得するため,旧会社の債務の履行の引き当てとなる旧会社の財務状況には変化がないためであると説明されている(これも出典が明示できないが,高名な学者先生が,そう述べられているのが,上の文献のどこかにあったはずである。)。




 このことは,一見尤もらしいが,現実はそのようなものではない。会社が生きている場合の取引上の債務の担保・・・というか債務弁済の原資そのものか・・・は,ストックとしての会社財産ではなく,明らかに,会社が営業をしていることによるキャッシュフローである。取引上の債務が弁済されるかどうかは,まずもって,会社が生きていて,お金が流れているかどうかによって決まるものである。

 同じ債務残高1000万円といっても,生きている会社で取引を継続しつつ,残高1000万円なら,その間に,いくらかでも儲けを得ることができる。しかし,これが,会社が死に体となった途端に,会社財産に強制執行をかけるしかなくなってしまう。この両者の差は,理屈抜きに(というか理屈では大きくないのに実際は)大きい。

 上記の尤もらしい議論は,本来は,この実態を抜きにしては語れないはずである。しかし,「尤もらしい」議論は,「尤もな」議論として通用してしまっている。それは,論者の意識の中に,(みずほの場合のように,大会社の事業再編に用いられる場合は別として)会社分割が倒産回避の目的で用いられる場合には,新会社に承継されるのは不良事業であるとの暗黙の了解があったからとしか考えられない。

 この場合には,収益力のない,あるいは実質債務超過の事業と,その事業に関連する資産と債務が新会社に承継される。これを,債権者の異議なく実行するためには,あらかじめ,債権者と交渉し,不良事業の消滅とともに債権が回収不能となることを了解した債権者(いってみれば,不良事業に投資した債権者)の債権のみを切り出すしかないことになり,簿価においてプラス(実質はマイナス)の資産と負債を新会社に切り出し,新会社を倒産処理することにより,旧会社は倒産を免れるということになるのであって,ここにおいて,会社分割を用いた旧会社の再建が達成されることになる。

 多分,立法者や,これを論じてきた学者は,このようなシナリオを描いていたことと思われる。上記のような,尤もらしい説明が妥当するのは,会社分割の前後を通じて,旧会社の債権者に利益を与えこそすれ,不利益を与えないことが,大前提としてあったと思われるのであり,それは,旧会社の取得する新会社の株式が,実質0であること,すなわち,会社分割によって新会社に承継されるのは,不良事業であること,が念頭にあったものと思われるのである。




 しかし,法律は,会社分割の立法に当たって,シナリオどおりの運用に制限せず,自由な分割を許容した。その結果,会社分割によって,優良事業と限定された負債を切り出し,不良事業とその他の多数の負債を残すという運用も,法的に可能とされ,それに対する制限は,会社法には何も置かれることはなかった。

 この場合の,会社分割は,極めて恣意的に行うことができる。特に,切り出される事業が,物的施設や在庫を保有しないソフトな事業(人材派遣やイベントのプロデュースなど)の場合には,新会社に切り出される資産が極めて少ないだけに,新会社に切り出される負債も極めて少なくなる(そうでないと資本金が出ない。)。

 その結果,旧会社には,不良事業と,新会社に優良事業を奪われるまでは,優良事業によるキャッシュフローにより弁済されていた大量の債務が,弁済原資を失った状態で残ることになる。

 この場合,確かに,旧会社は,新会社の株式を取得することにより,貸借対照表上は基本的に変化がない。しかし,新会社の株式は,それがあるだけでは,キャッシュを産まない。新会社が株主である旧会社に配当をするかどうかは,100%株主である旧会社の意向次第であり,債権者は,何らそれに関与できない。ましてや,旧会社が,新会社の株式を売却することも,(その値段をいくらに設定するかも)自由自在である。

 このようなシナリオが,会社分割が立法されたときに予想されていたとは思えない。だから,会社法は,そのような事態に対する対応を欠いているし,立法時に,尤もらしい理論を唱えていた学者の先生方は,沈黙している。




 しかし,現実には,これが,コンサルタントを称する者達により,中小企業の再生策として,堂々と提唱され,実行されるに至っており,ここに,会社分割の濫用が問題とされてきたということである。

 この問題は,これまで,下級審で,様々に争われてきたようである。その争点のひとつが,詐害行為取消権による新会社設立の取消という法的構成によって,旧会社に残された債権者が,新会社に債務の履行を請求するという方法であり,ひとつの可能性のある方法として,取り上げられてきた。そのような経過の中で,最高裁が,会社分割に詐害行為取消権の適用があることを認めたことは,大きな意義があるといわなければならない。

 ただ,考えてみれば,詐害行為取消権の行使の場合には,責任財産の回復が目的であるから,責任財産が存在しない場合には,詐害行為取消権が使えないという難点がある。この点を,どう克服するかが,今後の課題であると思われる。

 それを考えると,詐害的会社分割につき,新会社に対して法人格否認の法理を適用して,直接債務を支払わせるという方法も考えられるところである。このような法的構成で争われている事件も,既にあり得ることと思われる。しかし,これについても,形骸化要件がない場合に,濫用的会社分割であるからというだけで,会社法の定める会社分割の手続を経て設立された新会社の法人格を,法人格の濫用を理由に否認してよいかどうか,ひとつの問題として残るように思われる。

 さらに,別の観点からすると,詐害的会社分割を立案して実行したことが,旧会社の取締役の職務上の注意義務違反であるとして,取締役の第三者責任(会429)を追及するという訴訟も考えられる。これについては,悪意・重過失が要件であるだけに,何をもって悪意といい,重過失というのか,という問題があるように思われる。




 何はともあれ,既存の法理の適用は,その適用により法的紛争の解決ができる場合には,裁判を行う上での基本原則である。しかし,どうも,濫用的会社分割については,詐害行為取消についても,法人格否認についても,どこか迂遠なところがあり,隔靴掻痒の感を免れない。

 したがって,究極的には,濫用的会社分割は,濫用であるが故に,新会社に対して,旧会社の債務弁済の責任を負わせることを命ずることのできる法理を考え,これを構築していくことが,正道ではないかと思える。

 ただ,その法理は,会社法が,会社分割無効確認の訴えを定め,その要件を限定していることからすると,新会社の設立自体を対世的に無効とするものにすることはできず,訴えを起こした債権者にのみ弁済の責任を負わせるものに止まるといわなければならないが,そのような限定された責任であるから,その目的に沿った,簡易迅速な解決を与える法理とすることが望ましいと思われる。





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