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ついに出た過払金の消滅時効起算点の判例

2009-02-14 23:47:05 | Weblog
 最高裁は,ここ数年,サラ金の過払金訴訟について,サラ金側に厳しい姿勢を示してきたが,その中で未解決の問題となっていた過払金返還請求権(不当利得返還請求権)の消滅時効の起算点について,今年の1月22日に,遂に判断を下した。

 これもまた,最高裁の元気さを示すような判例になっている。

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 最高裁の示した裁判要旨は「継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が,利息制限法所定の制限を超える利息の弁済により発生した過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意を含む場合には,上記取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効は,特段の事情がない限り,上記取引が終了した時から進行する。」というもの。

 少し読み解いていくと,今回の判決は,従前の判決で示されていた,過払金の充当合意,すなわち,「基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引において,利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には,弁済当時他の借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意」があることを前提に,「そのような過払金充当合意には,借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点,すなわち,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし,それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず,これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。」というのである。

 そして,このような趣旨の過払金充当合意が,過払い金返還請求権の行使についての「法律上の障害」にあたるとしている。

 要するに,過払金充当合意には,取引が続いている間は,過払金が発生してもこれを請求せず,取引終了時点で請求するという合意が,黙示的に(?)含まれており,これが,時効期間進行の法律上の障害となる,というものである。

 まあ,なんとも技巧的というか,微妙な判断をしたものである。

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 先例をたどってみると,そもそも不当利得返還請求権は,債権一般の消滅時効と同じく,権利を行使することのできるときから進行するのであって(民法166条1項),この「権利を行使することのできるとき」とは,権利の行使について「法律上の障害」がなくなったときと理解されている(最高裁昭和49年12月20日判決・民集28巻10号2072頁)。この判例の説示では,「法律上の障害」とは,期限の未到来とか,条件の未成就のようなものを指し,準禁治産者(現在の被保佐人)が訴えの提起につき保佐人の同意を得られなかったことは,「事実上の障害」にすぎないというのである。

 被保佐人が保佐人の同意がなければ有効に訴えを提起できないこと自体は,明らかに法律上の障害だけれども,解説をあわせ読むと,それは,被保佐人と保佐人の「内部関係」であって,債務者との関係での障害ではない,という考えが背景にあるようだ。

 他に考えられる要素として,保佐人が同意しない限り,いつまでも消滅時効が進行しないというのは,債務者にとって,不安定な地位が永続することを意味するもので,それも好ましくないと考える余地も多分にある。たとえば,瑕疵担保責任にも消滅時効の適用があるとする,最高裁平成13年11月27日判決・民集55巻6号1311頁には,そのような趣旨(法律関係の早期安定)が窺える。

 さらにいうならば,昭和49年判例の事案は,旧精神衛生法による強制入院をさせられたが,保護義務者の同意を欠くという手続上の瑕疵があったため,人身保護法により解放された原告が,病院の理事長や院長を相手方として提起した損害賠償請求の訴えであり,そもそもが棄却すべきものとの判断があったかもしれない。

 しかし,判断力に乏しい被保佐人(当時の準禁治産者)に,保佐人の解任請求をせよといい,それができるから被保佐人の保護に欠けるところはないというのも,ちょっと言い過ぎに思える。

 ともあれ,ここでは,消滅時効の進行にかかる「法律上の障害」とは,期限の未到来とか,条件未成就といった,債権そのものの性質に伴う障害をいうのであって,債権者の内部事情は,法律上の障害とはならないか,なりにくいという法理が示されたと理解される。

 このような理解は,大阪高裁平成7年11月29日判決・訟務月報43巻1号196頁の判決にも示されている。

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 過払金返還請求訴訟では,本来であれば,過払金全部を取り戻したいところを,この時効の壁が災いして,全部を取り戻せないどころか,取引の中断が長いケースや,取引の最終段階で借入金が急増した場合など,下手をすると,残債務が残ってしまうというケースもあった。判決でも,時効消滅した債権による相殺(民法508条)まで認めてくれない判決があったりして,苦労させられるところであった。

 理屈の面でも,この法律上の障害をどのように構成するかは,とても難しく,継続的な取引中であるし,法律にも疎いのだから,本人(サラ金の利用者)の意識として,過払金が請求できるなどとは考えないということは,そのとおりなのだが,そんなものは,まさに主観的事情であって,「法律上の障害」とはいえないというのが,常識的な判断と言わざるを得ないところであった。

 法律の不知は恕せずというのは,刑事でも民事でも通じる理屈であって,強く主張するのは難しいし,継続的取引関係にある当事者同士で,あのときは,いくら払ったが,払い過ぎだったから,精算しましょうというのは,よくある話でもある。そうすると,継続的取引関係にあるから,不当利得返還請求権を行使できないというのも,事実上の障害とも言いづらいことになる。裁判所によっては,それでも法律上の障害であるとして,認めてくれていたところもあるが,必ずしも多数派とはいえないように感じられた。

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 こうやってみていくと,今回の最高裁判決は,従来の最高裁判決との整合性を取りながら,法律上の障害となりうる「期限」に類するものを,基本契約(過払金充当合意)の中に,一種の約定期限として取り込むことで,解決したものといえる。

 このような解決方法を採ったことは,逆の面からいえば,最高裁としては,今回の判決の射程距離を,基本契約の存在するサラ金やマチ金関係に限定し,一般化しないという意思をも示したものともいえる。多分,公式にもここまではいえるだろう。

 しかし,さらに穿ってみれば,取引当事者間の合理的な意思推定,すなわち,生の事実としては,双方当事者とも意識していないにもかかわらず,合理的な意思として,あるべき法律関係を,黙示的な契約条項として取り込むという手法を用いることにより,従来の法律論では解決の難しかった問題に対して,望む答えを得るという判断手法が,次第に有力な武器として用いられるようになってきたともいえる。

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 今回の最高裁判決は,不当利得返還請求権の消滅時効の起算点という判示事項の範囲では,サラ金マチ金関係に限定したものになるとはいえ,それはまた,サラ金マチ金に対する最高裁の厳しい姿勢の延長上にあると理解される。

 ただ,それ以外にも,ここで用いられた判断手法(極端に擬制された契約条項の解釈)が,今後どのような展開を見せていくのか,注目されるところである。





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