雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

男も女も後朝の頃は

2020-07-15 08:14:32 | 麗しの枕草子物語

       麗しの枕草子物語

            男も女も後朝の頃は


七月の頃ともなりますと、あちらこちらを開け放ったままで夜も過ごしますので、夜中にふと目が覚めて外を見ますと、大きな月が美しく輝いていたりします。
月のない闇夜でも、それはそれで捨てがたく、下弦の月が顔を出す頃もとても情緒があるものでございます。

さて、そのような早朝のことでございます。
美しく磨き上げられた板敷の部屋の戸口近くに、真新しい畳が一枚敷かれています。
三尺の几帳は畳より奥の方に置かれているものですから、月を眺めるのには良いのでしょうが、外からも丸見えになっているのです。
恋人が帰ってしまった後なのでしょうね、女は、表は淡い色合いで裏は濃い紅の打衣などを頭から引き被って、なお朝寝の最中です。
身につけている物は黄生絹の単衣と単袴だけで、その袴も長く伸びていて、下紐も解けたままなのでしょう。艶やかな髪も、磨かれた床に長々とうねっています。

折から、二藍(紅色がかった青色)の指貫にごく淡い香染めの狩衣で、その下には白い生絹に紅の単衣が透き通って見えるといった様子の男が通りかかりました。
霧にすっかり湿ってしまった狩衣を肩脱ぎにして、髪も少し寝乱れたままで、烏帽子も無造作に被っています。
「朝顔の露の消えないうちに手紙を書かなくてはならないなあ」
などと、後朝(キヌギヌ)の別れを思い出しながら帰る途中なのです。

『 をふの下草 露しあらば・・・ 』
男は口ずさみながら先ほどの女の局の前を通りかかりました。すると、格子が上がっていて、中の様子がかいま見えています。
近付いて、御簾の端を少しばかり引き開けてみますと、女が一人なんとも艶(アデ)やかな姿で寝ています。枕元のあたりには、朴に紫の紙を張った扇が開いたままになっており、陸奥紙も散らかっていて、後朝の別れの後と思われます。

さすがに女も人の気配を感じて、横たわったままで覗いてみますと、男が微笑みながら長押に寄りかかって坐っているのです。
顔を合わせるのを憚る程の身分の人ではないのですが、とても気軽に応対できる気分でもなく、
「憎らしいことに、こんな姿を見られてしまったわ」と、思う。
男は、そんな女の気持ちを知ってか知らずか、
「ずいぶんと、名残惜しそうな朝寝ですね」
と言いながら、御簾の内に半分体を入れてくるので、
「露が置くより先に起き出して、私一人を置いてけぼりにした人が恨めしくてね」
と言う。

その後も二人は他愛もない言葉を交わし合い、女の様子からはまんざらでもない雰囲気が感じられます。
男は、自分の扇で枕元の扇を取り寄せようとして、腰を浮かせます。
「あまりに近付き過ぎじゃないかしら」
と言いながらも、胸がときめき、女は思わず身を引き締めます。
「どうも、嫌われたみたいですなあ」
と、男は引き寄せた扇をいじりながら、気を持たせたり、恨みごとを言ったりしていましたが、いつか辺りは明るくなり、人の声も聞えだし、日も差してきました。

この局から帰って行った男も、いつの間に書いたのか、露に濡れたまま手折った萩の枝に付けた後朝の文を持って来させたのですが、使いの者は、見知らぬ男の姿に差し出すこともできません。
手紙に焚きしめられた香りが、とっても滑稽に感じられます。

くだんの男も、明るくなってきて人目に立つほどになってきたので、局を離れます。
「自分が別れてきた女の所も、こんなことになっているのかなあ」
などと心配しているのですから、いやはや、可笑しいったらありませんわねぇ。


                            (第三十三段 七月ばかり・・、より)




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