雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第九十七回

2015-07-24 09:14:40 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 二十三 )

四月の中旬頃のことでした。
「格別のことがあるから」と、姫さまに御所さまからのお召がございました。
姫さまは、ご懐妊ということを自覚された後のことであり、とても御所に参られるお気持ちになることができず、水も飲めない状態になっていることをご返事申し上げますと、その御返事に、
「『 面影をさのみもいかが恋ひわたる 憂き世を出でし有明の月 』
一方ならぬ悲しみに、袖の乾く暇もないらしいと思うと、古い恋人となってしまったこの身は、どうすることも出来ない」
などとありました。

最初姫さまは、いつまでも亡き法親王を想い悲しんでいる自分を、御所さまが不愉快に思われていると思っておられたのですが、実はそうではなかったのです。
「亀山院が、まだ帝の位にあられました頃、姫さまの乳母の子である藤原仲頼は六位の蔵人として亀山帝に仕えていましたが、譲位された時に叙爵して、大夫の将監として引き続き亀山院にお仕えしていますが、その者が手引きして、亀山院が二条に夜昼なく御寵愛なので、二条も御所さまとの関係が疎遠になって行くのも当然と思っている」
といった噂が、流されていたようなのです。
もちろん姫さまは、そのような噂があることなど露ほどもご存じありませんでした。

このような噂が御所さまのお耳に入っているとすれば、その出所は推定できないわけではありませんが、それはともかく、そのような事実とは異なる噂がもとだとすればお気持ちも楽になられたようで、いよいよ憚られるうなお体になってからよりは、むしろ今のうちにと思われたのでしょうか、進んでご出仕なさいました。
それは五月の初めの頃でしたが、どういうわけか、御所さまからは特別な御声掛けもなく、まだこだわりが残っているように感じられました。

とはいえ、特に変わったことがあるとか、姫さまに辛く当たられるようなこともなく、表面的には以前の通りでしたが、姫さまのお心は晴れることはなく、気重な状態でお仕えしておられましたが、六月になってからのことですが、親類にあたる人の不幸があり、その服喪を理由にして退出されました。
その時も、御所さまからは特別なお話もなく、侘しい気持ちを抱いての宿下がりでございました。

     * * *

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