第三章 ( 二十四 )
この度のご出産は、何としても隠しておきたいことですから、姫さまは、東山あたりの縁ある人の所にお籠りになられました。
特に尋ねてくる人を心配する必要もなく、以前とはすっかり身の上が変わってしまわれたような一抹の寂しさはございますが、姫さまには心穏やかな日々であったと思われます。
そして、八月二十日の頃、ご出産の気配がありました。
これまでのご出産に際しましては、隠しておられましても、お見舞いして下さる方々がありましたが、今回は、「峰の鹿の鳴く声だけを友としての明け暮れだ」と姫さまが寂しく呟かれるような侘しい環境でございましたが、むしろそのことも幸いしてか、無事にご出産なさいました。
お生れなさいましたのは男の子で、姫さまはお疲れの体でただただ感動ひとしおのご様子でございました。
「鴛鴦(オシ・おしどり)という鳥になる夢を見た」と聞かされたことの真意は分からないままに、御子を始めて見た時姫さまは、そのことが思い出されたそうでございます。
姫さま御自身は、二歳の時に御母上と死に別れ、その面影さえも知らないことを悲しんで来られましたが、生まれて参りましたこの御子は、御父上とはお腹の中で先立たれていることを、どのように思うのだろうかと不憫に思われ、姫さまはお手元から離そうとなさいませんでした。
「ちょうどうまい具合に乳を与えてくれる女房がいない」
ということになり、あちらこちらと手を尽くしましたが、その間は姫さまのお側に御子を寝かせておりましたが、いつになくぐずつく御子を姫さまが抱こうとなさいますと、下がおしっこですっかり濡れてしまっていて、姫さまは大急ぎで抱き寄せて、ご自分の寝ておられる所に移されました。
「わたしもこのようにして、御母上さまに慈しまれたのだ」と、しみじみと感じられたそうでございます。
それからは、少しの間とて手放すのを惜しまれるご様子でしたが、四十日余りたった頃、山崎という所から適当な人を呼び寄せることが出来ましたが、その後も御子を横に並べて寝かせておりましたので、いよいよ姫さまは、宮仕えが億劫になってきておられました。
しかし、その頃には居場所が御所までにも伝わっていて、もう冬になるというのに、「なぜいつまでも出仕しないのか」と強くお召しがあり、十月の初め頃、御所に参上いたしました。
そして、やがてこの年も過ぎて行きました。
* * *
この度のご出産は、何としても隠しておきたいことですから、姫さまは、東山あたりの縁ある人の所にお籠りになられました。
特に尋ねてくる人を心配する必要もなく、以前とはすっかり身の上が変わってしまわれたような一抹の寂しさはございますが、姫さまには心穏やかな日々であったと思われます。
そして、八月二十日の頃、ご出産の気配がありました。
これまでのご出産に際しましては、隠しておられましても、お見舞いして下さる方々がありましたが、今回は、「峰の鹿の鳴く声だけを友としての明け暮れだ」と姫さまが寂しく呟かれるような侘しい環境でございましたが、むしろそのことも幸いしてか、無事にご出産なさいました。
お生れなさいましたのは男の子で、姫さまはお疲れの体でただただ感動ひとしおのご様子でございました。
「鴛鴦(オシ・おしどり)という鳥になる夢を見た」と聞かされたことの真意は分からないままに、御子を始めて見た時姫さまは、そのことが思い出されたそうでございます。
姫さま御自身は、二歳の時に御母上と死に別れ、その面影さえも知らないことを悲しんで来られましたが、生まれて参りましたこの御子は、御父上とはお腹の中で先立たれていることを、どのように思うのだろうかと不憫に思われ、姫さまはお手元から離そうとなさいませんでした。
「ちょうどうまい具合に乳を与えてくれる女房がいない」
ということになり、あちらこちらと手を尽くしましたが、その間は姫さまのお側に御子を寝かせておりましたが、いつになくぐずつく御子を姫さまが抱こうとなさいますと、下がおしっこですっかり濡れてしまっていて、姫さまは大急ぎで抱き寄せて、ご自分の寝ておられる所に移されました。
「わたしもこのようにして、御母上さまに慈しまれたのだ」と、しみじみと感じられたそうでございます。
それからは、少しの間とて手放すのを惜しまれるご様子でしたが、四十日余りたった頃、山崎という所から適当な人を呼び寄せることが出来ましたが、その後も御子を横に並べて寝かせておりましたので、いよいよ姫さまは、宮仕えが億劫になってきておられました。
しかし、その頃には居場所が御所までにも伝わっていて、もう冬になるというのに、「なぜいつまでも出仕しないのか」と強くお召しがあり、十月の初め頃、御所に参上いたしました。
そして、やがてこの年も過ぎて行きました。
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