雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

詩が結ぶ不思議な契り ・ 今昔物語 ( 10 - 8 )

2024-05-20 14:43:39 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 詩が結ぶ不思議な契り ・ 今昔物語 ( 10 - 8 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]の御代に、呉の招孝(ショウコウ・伝不詳)という人がいた。勝れた心の持ち主である。
その人がまだ若かった頃、宮殿から流れ出ている河の辺(ホトリ)に行って遊んでいたが、木の葉が流れてくるのを見て、取って見てみると、柿の葉の赤く紅葉したものに詩が書かれていた。
招孝がこれを見たところ、女の手によるものであった。
「これは、如何なる人が作って書いたのだろう」と思うに、誰だか分らないが、人柄や容姿が思いやられて、恋う気持ちが大きくなった。
そして、遂には、その恋いる思いを成就させる方法が思い浮かばず、その詩に唱和してそれも柿の葉に書いて、その河の水上(ミナカミ)に行って流したので、柿の葉は宮殿の中に流れ入った。
招孝は、どうしても恋しさに堪えられない時は、あの柿の葉の詩を取り出して、それを見ては泣いていた。

さて、このようにして何年か経ったが、宮殿の中には、束縛を受けてむなしく年を重ねてしまった女御が数多くいた。しかし、皇帝がお召しになることもなかったので、皇帝は、「この者たちは、我を頼みにして虚しく年を送っている、極めて気の毒なことである。少しばかりの者を親に返し、あるいは男性に嫁がせよ」と仰せになり、少しばかりの者をお返しになった。

その中に、一人の女御がいた。容姿は美しい。
親元にお返しになったので、親はあの招孝をその女御に娶せて婿とした。しかし、招孝は、あの柿の葉に詩を書いた人のみを、誰とは知らないままに恋しく思い続けていて、どうしても別の人と結婚しようとは思わなかったが、親が決めたことなので、心ならずも婿になったのである。
しかし、この妻になった女は、理想的ですばらしい女性だったので、愛おしくいじらしく思われて、あの夜も昼も恋い焦がれていた柿の葉に詩を書いた人のことも、ようやく忘れかけていたところ、妻が招孝に言ったことは、「あなた、何かしきりに物思いにふけっている様子に見えますのは、何事でございますか。その事を、わたしに隠すことなくお話し下さいませ」と訴えた。
招孝は、「実は、私はずっと前に、宮殿の外で河の流れで遊んでいた時に、水の上に木の葉が浮かんでいたのを取って見てみますと、柿の葉の赤く紅葉した物に、女の筆跡で一つの詩が書かれていました。それを見てからは、その筆跡の主に会いたいと思いましたが、誰とも分らず、尋ねる手段とてなくて、会うことが出来ないままですが、今日になっても、忘れることが出来ません。ですが、あなたと一緒になってからは、ずいぶん慰められています」と答えた。

妻は、それを聞くと、「その詩はどういうものですか。また、その詩の唱和はお作りになりましたか」と尋ねた。
招孝が「これこれといった詩でした。想像してみますと、宮殿内の女性が作ったものと思いましたので、その河の水上に行って詩を作り、もしか見てもらえることがあるかも知れないと思って流しました」と答えると、妻は、それを聞くや涙を流して、前世からの因縁のただならぬ事を知って、招孝に語った。「その詩は、このわたしが作って書いた物でございます。唱和の詩は、その後にわたしが見つけましたので、今、手許にございます」と答えて、それぞれが取り出して見てみると、どちらも自分の筆跡による物なので、今結ばれているのが、決して浅い契りなどではないことを知って、泣きながらますます愛情を深めた。

妻は、「わたしがこの詩を作りましたのは、わたしは皇帝のお召しに随って宮中に参りましたが、皇帝に見え奉ることもなく、虚しく月日を送ることを嘆いて、河の辺で遊びました時に、一つの詩を作り柿の葉に書いて、河に流した物でございます。後にまた、その河の辺に行きましたところ、岩の間に流れ来て留まっている木の葉を取り上げて見てみますと、一つの詩が柿の葉に書かれておりました。もしかすると、あの時のわたしの詩を見つけた人が、唱和して下さったのだと思って、取り置いていたのでございます」と語った。
招孝は、これを聞いて感慨無量であったことだろう。

されば、夫婦の契りは、前世からの宿命なのだと互いに思ったのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 


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