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おかみさん日記

個人商店のおかみさんが、日々の出来事について綴ります。

夏祭り 終わる

2007年08月09日 14時47分54秒 | Weblog
街の夏のイベントが終わった。

「彦根夏の陣」の最後のイベント「ひこねばやし総おどり」が2つの商店街の路上を埋め尽くして行われた。

10年程前まではこの商店街も踊り手でいっぱいになったが、最近は
参加する企業や、グループが減ってきた。

子ども会からの参加もあり可愛かったが、近年は見かけない。

人間、もっと単純になって楽しんで、参加すればいいのにと思う。

私は例のごとく“焼き鳥やさん”になって屋台で頑張った。

暑くて、腰が痛くて・・・・年だなー。

途中、ブラジルのサンバチームのパレードがやってきたので

大慌てでカメラを取りに行き、パチリ!

近くで迫力満点。

動きが激しく、ぶれてしまった。


陶芸に少しはまる

2007年08月06日 12時28分15秒 | Weblog
同窓会の世話人会で、陶芸の体験教室に初めて参加したのは昨年の秋。

焼きあがった作品を手にして、次はもうちょっと上手く作りたいね、

と、みんなが思った。

NPO法人湖東焼を育てる会”の代表者が同窓会のメンバーなので

話はトントン進んで、2回目の作品作りをこの春に開いた。

窯だしを終えた私たちの作品、このまま各自持ち帰るのも・・・・

ということで、当店の一角に展示することにした。

まだまだ未熟な物ばかりだけれど、どれも暖かな作品だ。

来店のお客様がチラッと見ていってくださる。

わたしには、取り立てて説明する技量もないし、その程度でいいのだ。





   

サマーナイトフェスティバル

2007年08月04日 22時41分32秒 | 商売
「彦根夏の陣」と銘打って街は賑わっている。

私たち、商店街直接のイベントとして4日から8日ナで「七夕まつり」。

4日の晩は「サマーナイトフェスティバル」が催され、車道が歩行者天国になる。

昨晩は閉店後、各店総出でアーケードの下にちょうちんや吹流しを付けた。

ちょうちんには電球をセットして灯が入る。

そして今朝は、竹笹に七夕飾りをセットして各店に立てかけた。



以前は豪華なクス玉や、大きな作り物など経費をかけたものだが

最近は節約して、色紙で手作りの飾りを作ったり、小さな装飾品になってきた。

それでも今年は彦根城築城400年祭で「ひこにゃん」はあちこちに登場だ。



いよいよ夜になると、イベントが始まる。

私は「屋台村」で焼き鳥屋さんになる。

暑い中、炭火で串に刺したかしわを焼いて、1本70円で売る。

次々と人が集まり行列が出来る。

「ハイ何本しましょ?」「ありがとうございました。」

「ハイ、次の方お待たせ!」と横を向いている暇もない。

すぐ横では「大道芸」の人がボールを使ったり、傘を回したりしているようで

大きな拍手が沸いている。

交差点の広場では「よさこいソーラン」の踊りがあり、何チームかの

演舞があるのだが、元気な音楽が流れてくるのを聞いているだけで、

それも見に行けない。

駐車場の前ではビンゴゲームが始まっている。

司会の人の軽妙なやり取りで盛り上がっている。

「ビンゴ!」と大きな声だ。

さまざまな景品が次々提供されていくので、

お客様には大人気だ。

8時過ぎには焼き鳥も完売して、

ぐちゃぐちゃに入ったゴミ箱の中を分別して、指定ゴミ袋に入れなおし、

ヤレヤレ、本日は無事終了。

お疲れ様でした。

歯は消化器の第一関門

2007年08月03日 23時22分48秒 | Weblog
毎朝歯を磨くと、出血していた。

ビタミンが欠乏しているのだろうかと、総合ビタミン剤を飲んでみた。

歯茎の血行をよくするため、歯茎マッサージ用のシリコンのブラシで朝晩「歯茎マッサージ」もしていた。

今度新しく変わった歯科医の先生が
 
「3度の食後すぐに歯間ブラシを使って、歯科用のうがい薬で清掃しなさい。」

とおっしゃった。

 これで1ケ月経過したが、歯茎がピンク色に、そして締まってきた。

年を重ねると、虫歯が無くても、歯周病で歯を失うことになる。

時々歯が浮いたようになって、硬いものが噛みにくい時があった。

いい加減に噛んで飲み込んでいては、消化にも影響する。

早く気が付いて、実践してよかった。

1日5回、歯磨きをしているが、最初の内は「じゃまくさいなー。」

と思っていたのが、今ではしないと気持ちが悪い。

よい習慣は、身につけて! 進歩!進歩!


法然と親鸞

2007年08月01日 21時05分20秒 | Weblog
仏教が中国から伝えられた平安時代、その仏典からの解釈がいろいろあったようだ。

当時文字の読める者は極少数で、解釈できる人も一部の人。

又富のあるものにしか仏教に接する機会もない。

自力(業)で仏教の教えを身につけるとなると、当時実際いたかどうか・・。

比叡山で天台宗を学んでいた法然も仏道をさとるどころでなく、煩悩に悩まされていた。

仏典を何度も何度も読破しても「かなしきかな、かなしきかな。いかがせん、いかがせん。」と嘆いていた。

ついに善導師による「観無量寿経」の中から、ひたすら念仏を唱えることによって

阿弥陀さまは救ってくださるということにたどりつく。

そして一番大事なことは、どんな人も、富んだ人も、貧しい人も、賢い人も、愚かな人も、

罪を犯した人でさえ「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えることで往生させてくださる。

往生とは、死ぬことではない、仏の道に生きることだと。

鎌倉時代にかけ、相次ぐ戦乱、天災、飢饉で、人々は"生き地獄”を生きていた。

盗みをした者、体を売りその日を暮らしている女性、

狩りや漁業の殺生を生業とする者、その者たちに

「それはそれでしかたがない、念仏を申しなさい。

心がさみしいでしょう。念仏申すことで心が温かくなるでしょう。

南無阿弥陀仏と声を出して申すことで仏様は許して下さる。」

そのように法然は、分け隔てなく万民に説き広める。

そんな法然に対し他宗の僧が問答を迫るシーンでは

中村梅之助演じる法然の、思いを述べる台詞回しが熱く胸に迫った。

ここで上手く表現できないが、「念仏を唱える人は御同朋、御同業。みな父母兄弟である。」

このことばが心に残っている。

その教えを受けた親鸞が恵信尼とともに教えを広めていく。

私の家の浄土真宗の宗祖は親鸞聖人だが、

親鸞様の教えの元となった法然上人の生き様がよく分かった。

命あるものが、お互い父母兄弟と思って、おだやかに過ごせないものか。

「南無阿弥陀仏」で浄土に生きるまで、この世を大切に過ごしたい。