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おかみさん日記

個人商店のおかみさんが、日々の出来事について綴ります。

母が緩和ケア病棟へ引っ越し

2013年09月24日 14時21分31秒 | 母の入院
9月に入って早々、
母が入院している病棟から、
しばらく緩和病棟は満室で受け入れる見込みが立たないし、
病状も安定しているので、他の病院へ転院してほしいと言われていた。
仕方ないなと、諦めていたら19日の木曜日に
緩和ケア病棟に空きができたので、週明けに移ってもらいます、と
連絡が来た。

 

 

 

今日、午前中に引越しが終わった。
8階なので見晴らしがよい。
びわ湖がよく見える。
ベッドのわきには1帖程の畳敷きの床がある。
看護師さんもよく行き届いた方ばかりのように感じた。
主治医のK先生が部屋へ挨拶に来て下さった。
このK先生は大変評判がよく、店に来るお客さんや、友達や、
スイミングのコーチまでもが「よい先生ですよ。」と言っている。
本も出しておかれるようなので、チャンスがあれば読んでみたいと思う。

これから色々お世話になるわけだけど、
「何かご希望は?」と看護師さんがたずねてくださったので、
「苦痛を和らげてもらうとともに、人間らしく人生をまっとうさせてください。」
とお願いしてきた。



大雨特別警報

2013年09月18日 09時04分19秒 | Weblog
16日、敬老の日の朝早く
ちょうど大阪から帰っていた娘が
眠っている私たちの所へ起こしに来た。
特別警報が出たよ!と。

いつも枕元に置いて寝るスマホが、その日に限って病院行のバックの中に
入ったままになっていた。
「滋賀県に大雨特別警報が出ました。ただちに命を守る行動をとってください。」
という主旨のメールが入っていた。
外はまだ暗く、ゴーッ!ザーッ!と風を伴った大雨の音がしている。
どうしたらいいの?

昨晩は台風情報を診て「東寄りのコースをとったので、この辺は大丈夫だ。」
「滋賀県は大きな災害も無く、ありがたいね。」といって床についたのに、
この大雨はどうしたことか。

わたしが子どもの頃、S川の堤防が決壊して 近くの“Kの辻”付近が地盤が低く
浸水した記憶がある。
その後堤防もかさ上げされて、しっかりブロックで積み上げられた堤防になっているので
ここまでは、大丈夫だろうと、避難などはせず、夜の明けるのを待った。

2年前までは表通りの店舗兼住宅にいたので、広報車、消防車、救急車、パトカーなどの往来で
何かしらの危機感が感じられたが、
今は少し奥まった所で生活しているので、雨音のみで、何も聞こえなかった。

朝、テレビで滋賀県の被害の情報が伝えられていた。行方不明者も出ている。
京都の桂川、渡月橋あたりもエライことになっている。
JRもあちこちで不通になっているが、
大阪へ帰ろうとしている娘も、帰れるだろうかと心配している。
夕方までには何とかなるだろうと思っていたが、
インターネットで調べていた娘が「帰れへーん」と悲鳴をあげている。
新幹線は動いているようなので、夫が米原駅まで送っていった。
夜遅く、遅れながらも無事大阪についたと連絡があった。
ちなみに新幹線が遅れたので特急料金の払い戻しがあった。

大雨特別警報が制定されて、初めてこの滋賀県と京都府、福井県に出された。
滋賀県はようやく午後4時頃に解除された。
注、この滋賀県の中で「豊郷町を除く」となっていたが何故かな?山や河川の影響が無いでかな?

転院の話

2013年09月07日 17時26分18秒 | 母の入院
9月3日に市立病院の相談員さんとの面談があった。

先に看護師さんからきいていたとおり、
安定期に入っているので他の病院へ移ってほしいというものだった。
私も事前に友達などから、ほかの病院の情報を得ていたので、
2か所の病院を示されたが、そのうちのY病院へお願いしたいと申し出た。

なら、その病院へ事前に申請書を出すように言われた。
現状や要望を記入して提出した。

市立病院よりは少し遠くなるが、仕方がない。
もっとここにおいてください、と無理なお願いをしても、
居心地もよくないし・・・いわれるようにするしかない。
なっていくようにしかならない。

毎日病院へ通っているが、日が短くなってきて
すぐ夕方暗くなってくる。
涼しくなってきたのはありがたいのだが・・・。

老母の疥癬

2013年09月03日 10時00分18秒 | 母の入院
入院中の母は、わたしがいつ行ってもウトウト眠っている。

起こして、果物やOS1等三度の食事にさし障らないものを与えてくる。

「今日は○○が迎えに来てくれはるので、用意をしなければ。」
と、家にいて介護施設がデイサービスのお迎えに来てくれると勘違いしている。
「ここは病院やょ。」と言うと不思議そうな顔をして、「なら、もう帰ります。」
という。
  
  
先日主任の看護師さんからお話があって、
だいぶ疥癬も治ってきたし、食事もすすんで安定しているので、
他の病院へ移ってほしいと言われた。
緩和病棟へ移るように聞いていたのにどうしてですか?
と言うと、緩和病棟にも優先順位があり今いっぱいで 
相当の“待ち”になると。
この病院は急性期の患者さんを受け入れる病院で、
母の場合は安定してきているので
慢性期の患者さんを受け入れてくれる病院へ移ってほしいとのこと。

きのうも皮膚科の先生の回診があって、前回足の爪に疥癬虫がいたので
もう一度検査をします、と爪をそいで顕微鏡のグラスに採っていかれた。

このように、まだ完治していないので、治るまでは他の病院も受け入れて
くれないだろう。

今日、お昼前に市立病院の相談員の方と面談することになっている。

わたし達の疥癬

2013年09月03日 09時20分30秒 | Weblog
このところ色々なことがあったのに、ずいぶんご無沙汰してしまった。

9月に入ってうっとうしい日が続いているが、そう大雨にもならず
8月は猛暑日が続いて雨が降らず、畑地はカチカチだったので
恵みの雨というところか。

7月末に母が入院したおかげで、わたしは夜もよく眠ることができて
酷暑を乗り切ることができた。
本当によかったと思っている。

わたしの疥癬は完治したので、お盆明けの23日からスイミングへ行くことができた。
1ヵ月ブランクがあったので、初日はきつかった。
それでも30日にはだいぶ挽回していた。
(バタフライで左足太ももがツッタけど

美容院へ行くのも差し控えていたが、超伸びた髪をカットしてもらって
やっと自分の身体になった。

夫の方は、疥癬ダニが身体にたくさん住みついていたのか、
ダニそのものは居なくなっているのだが、
ダニの死骸やフンに身体が反応して、アレルギーを起こしている。
軟膏を出してもらって、だいぶ良くなってきているところへ、

掛かり付けの開業医の先生が、硫黄の温泉の入浴剤を持ってきてくださった。
「皮膚病には、殺菌効果があって有効ですよ。」と。
そしたら、そしたら、今度はそれに反応したらしく、
全身、鮮やかな湿疹が出て、痒い痒いと言う。
又皮膚科で軟膏を3週間分出してもらって、
次の診察の予約(9/12)してきた。
夫は見かけによらず、敏感肌で
かぶれ性だ。