図書館へ返本に行く道すがら、
空はすっきりと晴れ上がっているのに
胸の奥が淀んだままどうにも晴れない。
『バスに乗りたい』
突如そんな思いに駆られ駅へと踵を返す。
最寄りの駅から一番近い都内の駅で降りて
「一日乗車券」を手にするや
鬱屈した思いをバスに乗せて
東京中を走り走る。
東京都庁、新宿御苑、歌舞伎町、
コマ劇場を横目で見て二丁目通りを走り抜ける。
青山墓地の、思いの外の広さと雑多な墓模様に
『うんうん、墓はこうあるべきだよね』
と独りごちる。
前に座った中年男性の読む
「山でクマに会う方法」という本が気になり
話しかけたくてたまらない気持を抑える。
広尾の「有栖川公園」で少しだけ目を閉じて
鳥の声を聴く。
Kさんとは何故か同じバスに乗り合わせる。
銀髪の髪をすっきりとまとめ、斜め掛けの
手作りのバッグがおしゃれな婦人。
Kさんは必ず老婦人の隣にすわる。
「あなた、お幾つ?」
とっかかりはいつもそう。
「80歳です」
「あらそお。私はねもうすぐ95歳」
ひくりと鼻が動き、唇の端をくいと上げて待つ。
「あらあ!お若い~」という言葉を。
三度同じバスに乗り合わせ、座る場所も近い・・?
流石に偶然過ぎるよな、と思ったとたん
「ねえ。それでこのバスはどこ行き?」
と私の袖を引きつつ、話しかけられる。
今日はバスに乗る日。
誰にも話しかけない、話もしない。
そう自分と約束していたのに破ってしまった。
だって三度も同じ状況で聞き耳を立てていたから
気持ちの中ではすっかりお友達。
Kさんと云うお名前も、自慢のお歳も、
家族構成も、特にお嫁さん大好きということも。
今日はこの人、と決めてさりげなくついて歩くんだって。
「私、人を見る目はあるのよ」と小鼻をぴくり。
褒められた・・・・んだろうか。
知らずのうちに、私は本日の引率人だったってことかな。
それにしても、世の中には「生きる意味」なんぞ関係なく
気力、活力を鞄に詰め込んで颯爽と闊歩して歩く
「後期高齢者」の多いことったら。
すっかり打ち解けたKさんの去り際の言葉
「明日はどんな人と出会えるかと思うと
おちおち死んでなんかいられないわ」
やらねばならぬ山積みを置いて
「バス」に乗って本当に良かった。