愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

正法寺古墳 西尾市

2020年05月15日 14時54分40秒 | 西尾市
正法寺古墳
幡豆にまで来たついでに気になっていた古墳を見ることにしました。正法寺(しょうぼうじ)古墳です。全長約94mの西三河最大の前方後円墳で、古墳時代中期初頭(5世紀初頭)に築かれたと推定されています。国の史跡に指定されています。平成13・14年の発掘調査によって三段の階段状の葺石や島状遺構が確認され、円筒埴輪のほか、家や蓋(きぬがさ)などの形象埴輪が出土したそうです。さきの中之郷古墳もそうでしたが、被葬者は伊勢湾の海上交通をつかさどった人物だと考えられています。

正法寺古墳の形・大きさ(ウィキペディアより)

この図でも明らかなように主軸線と前方部の端の線が直行しないのがこの古墳の特徴です。また、「島状遺構」というものが発見されています。

正法寺
現在この地は古墳公園になっています。古墳の名前の元になったお寺正法寺もすぐ横にあります。

正法寺

しかし、これ自身が一つの史跡のようになっていました。曹洞宗のお寺のようですが、つっかい棒があり、今にも倒れそうな感じでした。このお寺の横が古墳公園になってました。

古墳

古墳公園入口 
公園は、草が生え、歩きにくい状態になっていました。これから草刈り等が予定されているのでしょう。


正法寺古墳全景
古墳は海の方が前方部、北の方が後円部になっていました。


前方部から見た後円部 
登ってみると、結構高いことが分かりました。それにとても大きく感じました。西三河一ということが実感できました。

海と古墳

古墳から海を臨む

また、古墳からは海が見えました。向こうに島が見えました。佐久島でしょうか。ここから海が見えるということは、海からもこの古墳が見えていたということです。昔この辺りは海で、この古墳は半島状の地形に築かれていたそうです。

正法寺古墳の位置(地理院地図の陰影起伏図で作成しました)

今の一色、吉良、幡豆のあたりは海で、その海に東の方から半島状に山が突き出しています。その突き出した半島のちょうど先端のあたりに、島に浮かぶように正法寺古墳があります。古代の人はこの古墳を見て、目を見張り「大きな力を持った王がいる」と思ったに違いありません。

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