愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

幡豆寺部城跡(2) 西尾市

2017年10月05日 14時16分42秒 | 西尾市
本丸には、お堂が建てられておりました。また、案内掲示板がありました。

本丸

そして本丸東側には、大きな土塁が残っていました。

土塁跡

この土塁には、「諸国古城之図」に注意書きがありました。
「此土イ高ク他ノ山ヨリ城内見エズ」
当時はよっぽど高い土塁だったのでしょう。

また本丸からは三河湾が大変よく見えました。

本丸から三河湾を臨む

そして、案内板に小笠原氏と海との関係についての説明がありました。
・三河時代は徳川の船手衆(ふなてしゅう)として活躍
・関東移封後は江戸湾を守る御船手(おふなて)をつとめる
・関ヶ原の戦いでは、師崎の城を守り、九鬼水軍の押えを果たす
・大坂の陣では、三浦半島の三崎と走水(はしりみず)の番をつとめる

なるほど、小笠原氏は海賊だった可能性が濃厚です。もともとは、信濃の豪族だったというから、不思議でした。

さて、登城道をもとに戻り、入口より西のほうを見てみると大きな竪堀がありました。

二の丸からのびる竪堀 下から撮影

その堀の右側は土塁になっていて、さらに三の丸跡になっています。(案内板では畑と表示)
そこで、もう一度二の丸に上がり、上から確認しました。

三の丸跡・土塁・竪堀

寺部城は、海に面したお城になっていて、以前蒲郡で見た上之郷城跡を思い出しました。
小笠原氏は、三河湾を制して水軍として活躍したのだろうということがイメージとして描くことができました。
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