愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

豊原三千坊 福井県坂井市

2018年03月26日 14時49分41秒 | 福井県
お久しぶりです。
季節もよくなり、暖かくなりました。
今年の冬は北陸や東北ですごい雪が降り、寒い冬でした。

さて、3月25日(日)若越城の会で見学会がありましたので、はるばる出かけて参加しました。
丸岡インター近くの「豊原三千坊」というところです。
豊原寺は、パンフレットによれば、
大宝2年(702)、泰澄大使によって開かれたそうです。泰澄大師と言えば白山平泉寺を開いたのも泰澄大師でした。平泉寺とゆかりのあるお寺のようです。戦国時代には、一向一揆の拠点となったため、織田信長に焼き払われたそうです。織田信長の家臣柴田勝家の養子である柴田勝豊が丸岡に城を築いたときに山から下りたそうです。それまでの場所には「華蔵院」という建物が残ったそうです。明治の神仏分離により廃寺となり、白山神社だけが残ったそうです。


豊原三千坊案内掲示板


豊原三千坊資料館

資料館で、館長(?)さんの豊原さんからいろいろ説明を聞きました。
中にはいろいろな仏像や資料がありました。

薬師如来像(パンフレットより)


阿弥陀如来像(パンフレットより)

この資料館は、豊原さんが自分のお金で建てられたそうです。
市からの助成は、ここにある文化財を修復するときにだけ出るそうです。
ここにある仏像もかなり傷んでいて、修復が必要だとおっしゃっていました。
それにしても、文化財の維持管理にもたくさんお金を出してほしいと思いました。

予定では資料館見学で終了でしたが、せっかくなので周りを散策することになりました。
豊原さんにガイドをお願いしました。

ずんずん登っていきますと、最初に見えたのが豊原の滝でした。
ここで修業をしたそうです。

豊原の滝

さらに登っていくと、集落跡がありました。
豊原さんは小さいとき、ここに住んでいたそうです。
しかし、今は誰も住む人はおらず、家もありません。
一部は、キャンプ場になっていました。
この集落ももっと昔は、豊原寺の門前町でした。

その中心辺りに「延命地蔵堂」という建物がありました。

延命地蔵堂 中を覗いてみましたが、保護のための青いシートに覆われていて、地蔵様を拝むことはできませんでした。

集落の跡地を進んでいきますと「豊原寺跡」という看板がありました。
ここが最後まで残っていたという「華蔵院」のあった場所です

豊原寺跡 写真の右手奥がが華蔵院跡です。

さらに奥へと進んでいきますと「閼伽井(あかい)」という泉がありました。
飲むと不老長寿になるそうです。

閼伽井 実際に城の会の人たちが飲んでいました。私も飲みました。

最後に、豊原寺が丸岡に下りるまであった旧白山神社の後に行きました。

白山神社(旧)

建物の左右にはたくさんの石仏がありました。観音様でした。

白山神社の石仏

なお、神社なのに、どうして石仏があるのかと言えば、昔は本地垂迹で日本の神社の神様は、仏教界の仏や菩薩、天、明王などの化身と考えられていたからです。
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