箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

2017年の終わりにあたり

2017年12月31日 09時47分33秒 | 校長からのメッセージ


2017年の最後の日を迎えました。

2017年をふりかえると、近年の脳科学の発達のともに、A I(人工知能)が話題になりました。

科学技術が進歩した一方で、今年も自然災害が猛威をふるいました。

台風では、私の地域も久しぶりにけっこうな被害が出ました。

科学がいくら発達したとしても、人間は大自然の力にはとうてい及ばないことを、あらためて実感します。

近年、子どもの貧困の問題がクローズアップされています。

また、箕面市でも年末に、虐待で4歳の子が、残念ながらいのちをなくしました。

閉塞感が漂う時代で、中学生が自分の将来に夢を描きにくい世の中です。

翻って、私の中学生時代は、「スポ根」のアニメが流行り、「努力すれば報われる」と多くの人が信じていました。

実際、努力したら報われました。

思えば、当時の日本社会は、就労→家庭→教育・子育てが循環していました。

大学4年で、好景気の中、就職の内定をとる→4月から「就労」。終身雇用制と年功序列制で給料が上がり、経済的に安定するので、人生の設計がしやすい。

いまでは、一生シングルで過ごす人もいますが、当時の価値観では結婚が主流で、男性の経済的な安定は、結婚を可能にしました。子どもが産まれ、「家庭」をもつ。

父親は「モーレツ社員」として家庭を顧みず働き、子どもの「教育・子育て」は、おもに母親(その当時は、専業主婦が多かった)が担い、「いい高校」「いい大学」への進学を目指す。

大学を卒業すると子どもは、就職する。

このように、就労・家庭・教育・子育ては循環していました。

しかし、いまやこの循環は大きく崩れてしまっているのが、いまの中学生がいる日本社会です。

その意味で、中学生が将来に希望をもちにくいのかもしれません。

しかし、私は思います。このような循環は、戦後の高度経済成長期の、わずか数十年続いてきただけです。

その循環の一方で、子どもに関する問題も噴き出しました。

熾烈な受験戦争、偏差値重視によるひずみが生まれ、「教育ママ」という言葉が生まれました。

青少年による校内暴力、非行、家庭内暴力、金属バット事件などが社会問題となったのもこの頃でした。

もう、いまや以前の循環にしがみつく価値は少ないですし、その必要はありません。


だから、いまの時代にふさわしい価値観を子どもたちに伝えたい。

それは、
個人としては、
思考力・判断力・表現力に結びつく知識・学力をしっかり身につけ、自立すること。


他者との関係においては、
人を大事にすること。
人とつながること。
文化や考え方のちがう人とも、おりあいをつけ、合意をつくりだすこと。
人を助けて協力しあうこと。
人にかかわり、その人が喜ぶことで、自分の喜びになること。

2学期末の学校だよりに私があいさつで書いた「個」と「集団」は、このような時代背景を意識しています。


では、来年の三中の生徒たちの成長を願い、保護者のみなさんのご健勝とご家族のご多幸を祈り、2017年のブログを終えます。

いいお年をお迎えください。






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いまここに存在することがありがたい

2017年12月30日 13時16分01秒 | 校長からのメッセージ



前回のブログでは、「自分が好き」について書きました。

今回はそれに関連づけた話題です。

赤ちゃんは、お腹がすくと泣きます。おむつが濡れると泣きます。

まわりの大人のことなどおかまいなく大きな声で泣きます。

こんな赤ちゃんは、自分のことが好きとか好きでないという意識はまだないのでしょう。

でも、大きくなるにつれ、環境により、子どもは自分を好きになれない状況がうまれてきます。

ほかの子どもがどうしても基準になるからです。

子どもの成長には個人差があるのですが、大人はほかと比べて「どうしてできないの」とつい言ってしまうことが多くなります。

その言葉がもし連発継続されれば、子どもはできない子と感じ、自信と意欲をなくしていきます。

子どもは、もともと自分がきらいではないはずなのに、「どうせ、わたしなんて・・・」と思うようになります。

このように思う子には、「あなたのことが大好きだよ」と伝えることです。

小学生なら、ダイレクトに子どもに届くでしょう。

まっすぐに受け取りにくい中学生なら、「大好きだよ」では素直にとらないかもしれません。なにかこんたんがあるのではと思う子もいるかもしれません。

それでも、大事に思っている親の気持ちは伝わります。

命が与えられ、社会のさまざまな課題があり、中学生が生きにくいこの世の中を、いま生きている。そのことを考えるだけでも、子どもはかけがえのない大切な存在です。

このことを在り難い→ありがたいと思うだけでも、子どもにその気持ちは伝わり、大事にされていると感じると、わたしは思います。
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自分が好き(その2)

2017年12月29日 18時01分27秒 | 校長からのメッセージ


箕面市の小中学校では、いまから約30年前に、学校の教員と大学の研究者が協働して、子どもの学力向上に影響する要因が何であるかを共同研究しました。

その結果はいろいろと明らかになりましたが、中でも、当時、いちばん注目された概念が「自尊感情」でした。

「自尊感情」は、自尊心と解される場合がありますが、両者は異なります。

自尊心は、いわゆるプライドであり、ほかの人と比較して、自分は優れているというように、一般的な価値観から自分が賞賛されることに満足しているという感情に基づいています。

しかし、自尊感情はいわゆる「自分のことが好き」という感情です。

おおざっぱに言えば、自分が好きな子は、学力が向上しやすいことが、学校現場と研究者の間で、データをもとに明らかになったのです。

自分を好きとは、自分の長所も短所も、好きな点もきらいな点もすべてふくめ、まるごといまの自分が好きであり、自らを肯定することです。
これが自尊感情です。

自分を好きな子は、学習で努力した成果が出なかったときでも、「自分の努力が足りなかった。次はがんばろう」と感じます。

学習の意欲が萎えることはありません。

しかし、自分のことが好きでない子は、「どうせわたしなんか、やってもできないし」と自分を否定しがちです。

そして、学習に向かわなくなり、自信と意欲をなくし、ますます自分を好きでなくなります。

こうなると、負の連鎖になり当然、学力向上が望めなくなります。

以上のことは、現場の教員は長年子どもと接するなかで、感覚的に感じていたのですが、研究者によりその感覚が理論づけされたのでした。

じつは、この自尊感情は、学力向上にとどまりません。

自分に自信がある子は、たとえ困難なことに出会ったとしても、意欲を失わず、乗り越えていきます。

自分に自信のない子は、揺るぎない自分が定まらないので、うまくいかないと、他人のせいにすることもあり、自分に向き合わなくなることもあります。

三中の子には、ありのままの自分が好きで、まわりの人を愛して、まわりの人からも愛され、自分の力を社会や世の中に役立てようとする人になってほしいのです。

たとえば、職場体験で、いきいきとした子どもの態度や表情をみて、「仕事について学習したね」「将来の進路に役立つね」と喜んでいることも大事です。

加えて、「うまくいかないこともあったけど、自分の力を社会にいかせるという自信をもてたね」というとらえかたが、自尊感情に注目した子どもへのねぎらいのあり方です。



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言葉に頼れる子

2017年12月28日 17時53分29秒 | 校長からのメッセージ



メールやSNSで、思いや考えを伝えることが多くなってきた最近です。

今の時代、それらを使えることも必要ですが、話す言葉は自分の思いや考えを伝える有効な手段であることは、いまも昔もかわりません。

とくに、教育や子育てにおいてはそうです。

「ありがとう」という言葉に、人は感謝や愛情を感じ取ります。

とくに、「ありがとう」という言葉を浴びて育った子は、言葉にして表すことの値打ちや価値が染み込んでいます。

だから、私も三中の子には、ちょっとしたことでも、自然と「ありがとう」を言います。

これは前の勤務校で、先輩の先生から学んだことです。

その人は、生徒に常に「ありがとう」と言っていました。

多くの生徒たちが、その先生のことを慕っていました。

考えてみれば、その経験があり、私も三中の子に、ふつうに「ありがとう」と言うようになったようです。

言葉の価値を知っている子は、言葉を信頼して、人とコミュニケーションをするとき、うまく言葉を使えるようになります。

言い換えれば、言葉に頼れる子は、人を信頼できるということです。

三中の子どもはそんな子になってほしいので、教職員や親御さんは、嬉しいとかありがとうという気持ちを、話し言葉にして子どもに発していきたいのです。

この「ありがとう」のような、相手が感謝や愛情をかんじさせる言葉かけを、心理学的には、「肯定的なストローク」といいます。
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朝が起きれない?

2017年12月27日 10時37分49秒 | 校長からのメッセージ



保護者のみなさんは、起立性調整障害をご存知でしょうか。

夜間に横になっていた体は、朝に目覚めて起きようとすると、体の中の血液は自然に頭に回ります。

しかし、場合によっては、すぐに上半身に血が循環しない人もいます。

すると、頭の血圧が上がらず、ふらついたり、頭痛がしたりします。

体がだるく、すぐには起きれないのです。

この病気は、思春期になると現れやすく、起立性調整障害といいます。


その子は、朝が起きにくいのですが、時間の経過とともに血圧が上昇してきて、起きれるようになります。

なかには、午後から元気で、普通にしている子もいます。

だから、遅れてでも学校に来ることができます。

三中にも、医師からこの診断を受けている子が何人かいます。

また、診てもらうお医者さんは、OD(=起立性調整障害のこと)の専門医が望ましいのです。

普通の内科医だと、診断を見誤る場合がないとも限らないからです。

起立性調整障害と診断された子たちに、「気合いだ。しっかりしなさい。がんばって学校に行きなさい(教師からすれば、来なさい)と、叱咤激励するのは、当事者の子どもにとっては、マイナスになりこそすれ、けっしてプラスにはなりません。

気合いでなんとかなるものではないのです。その子は怠けているのでもないですし、サボっているのでもないのです。

私は前任校で、起立性調整障害の生徒と出会い、その子の親御さんから紹介されて、その病気を理解する研修に行ったのをきっかけに、これらのことを学んできました。

薬を服用して、症状が改善していきます。治療法もあります。また、思春期の終了とともによくなる場合が多いと言われています。

ですから、起立性調整障害の子が、遅れてでも登校してきたなら、「あなたのことはわかっているよ。よく来れたね」と教師や友だちが言うならば、その子は救われた気持ちになります。

まわりの理解と配慮があれば、過ごしやすい学校生活になります。
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やがてハーモニーに至る

2017年12月25日 08時42分05秒 | 校長からのメッセージ



思春期の生徒のこころは、子どもによる違いはあれど、大なり小なり揺れるものです。

自分の考えに夢中になり、まわりが見えなくなり突っ走る。周囲のおとなのいうことに、耳を貸そうとしない。そういうときもあるでしょう。

かと思えば、後ろ向きになり、後退するように、自分を友だちの前に押し出しことをためらい、消極的になる場合もあります。

子どもによっては、その両極端を交互にあらわす場合もあります。

たとえば、そのこころの動きを振り子にたとえてみます。

まわりが見えなるという前者は、振り子が大きく右にふれた状態です。

後退するという後者は、振り子が大きく左にふれた状態です。

そのいずれが優れている、劣っている、ということではありません。

そのように、行ったり来たりするのが、思春期なのです。

でも、行ったり来たりする振り子は、やがてセンターで落ち着きます。

そのセンターが、いちばん安定した点です。調和のとれた位置(ハーモニー)に落ち着きます。

その点が、その子本来の姿を示すのです。どちらの方向にも向かない調和した存在です。

その本来の姿は、まわりの条件や環境により、右に左に揺れているのです。

揺れることはよくないことではありません。その動きこそが、その子が生きている証です。

おとなになるということは、振り子が調和した状態になることと言えるのだと思います。
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言い訳したくなっても

2017年12月24日 17時17分44秒 | 校長からのメッセージ


横浜DeNAベイスターズの投手、今永昇太選手が試合後に言ったコメントが、冴えています。

「4敗は自分の力が及ばなかったのです。今日は広島ではなく、過去の自分に勝ったのだと思います」

このコメントは、プロで4連続負け投手になった後、初めて勝利して、勝ち投手になった2016年5月6日のインタビューに答えたものです。

戦う人は、結果がすべてと言われることもあります。

とはいえ、決して言い訳をしないというのも難しいのでないでしょうか。

仕事でも、失敗したときには、つい言い訳を言いたくなります。

それをグッとこらえ、飲み込んだ人がつぶやく言葉は、光ります。
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情感を届ける

2017年12月23日 14時45分34秒 | 校長からのメッセージ



西南小には「あそびりクラブ」が同じ敷地内に同居しています。

地域の高齢者が、遊びながらリハビリする施設です。

きょうは、三中吹奏楽部が、あそびりクラブで演奏しました。

聴いてくださる人たちにあわせ、きょうのナンバーは、「夕焼け小焼け」など昔ながらの童謡数曲と、クリスマスソングメドレーでした。

演奏にあわせ、うなずきながら、じっと聞き入る高齢者のすがたが印象的でした。

101歳のおばあさんも、ふとんの中で聴いてくださいました。

演奏を聴いて、「みなさんの誠心誠意が音楽で伝わってきました」と男性の高齢者が語っておられました。

自分たちの演奏で、地域のおばあちゃん、おじいちゃんが喜んでくれる。

演奏者にとって、この喜びは何にもかえがたいものです。

自分も人を喜ばせることができると実感するのは、中学生にとっては貴重な経験です。

最後は、アンコールで「ふるさと」を演奏しました。

しみじみとした情感を生み出す演奏は、おばあちゃん、おじいちゃんの心に届いたようでした。
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「まなざし」に敏感になる

2017年12月22日 12時24分43秒 | 校長からのメッセージ




本日、2学期の終業式を迎えることができました。

私からの講話のあと、まず、表彰伝達をしました。

2年生の習字の表彰(特選一人、銀賞二人)をしました。

3年生の税の作文の優秀賞を表彰しました。

吹奏楽部の箕面市長賞を表彰しました。


生徒会からは、三中校区子ども会議の報告をしました。

給食委員会から、ご飯やおかずのよそいわけの適量をクイズをして、全校生徒が答えました。

12月11日から13日の期間で、給食の残量調査をした結果発表があり、2学期のよく食べていたクラスを表彰しました。

1位 1年C組、2位 1年A組、3位 1年E組

1位 2年A組、2位 2年B組、3位 2年E組

1位 3.年E組、2位 3年D組、3位 3年A組

でした。

そのあと、生徒指導部から自転車の乗り方の注意がありました。

中学生が自転車を運転していて、高齢者とぶつかり加害者になったケースを紹介することで、安全に自転車に乗るように。

スマホを使った、動画、画像のアップ、友だちに関する悪口の書き込みはしないように。

安全に冬休みを送ってください。

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「まなざし」で傷つく人がいる

H29(2017).12.22 2学期終業式講話

「ブラジル人やから、サッカーがうまいんやろ」 みなさんはこの言葉を聞いて、なにか感じることはありませんか。

あと、10日たらずで2017年が終わろうとしています。喜んだことや悲しんだことがあったでしょうが、みなさんが、2学期の終業式をこうやって迎えることができたことに、私はたいへんうれしく思います。

さて、2学期の終わりに、わたしは「まなざし」という話をします。

いまの世界って平和なのでしょうか。答は残念ながら「No」だと思います。様々な国や地域で紛争やいさかいが起こっています。グローバル時代とはいいながらも、2017年は、自国の利益だけを求め、外国人や移民を拒否する排外主義が強まった1年であったと、私は思います。

私には、これからの時代を生きるみなさんに、考えてほしいことがあります。それは外国人や「外国につながる人」への、「日本人」が向けている無意識の「まなざし」というものです。

たとえば、こんな会話をしませんか。
「ブラジル人やから、サッカーがうまいんやろ」
「中国人なんやろ。中国語しゃべってみて」、
「日本語がお上手ですね。いつ日本へ来られたのですか?」
これらは、「まなざし」から出てくる言葉です。

ブラジルの人はみんなサッカーができる。中国人は中国語を話す。こんな文化をもつというように、国で人をひとくくりにしてしまうことがないでしょうか。

その意味で、英語の教科書にある外国の文化を扱った単元も、みなさんが外国の文化や習慣に興味関心をもつ「入り口」としてはいいと思うのですが、学習するみなさんが「その国は、みんながそうである」とかんちがいしてしまうことを心配しています。

「○○の国の文化はこうなんだ」と思い込まないで(=きめつけないで)ほしいのです。人は一つの国の中でも、一人ひとりが、もっとさまざまで、多様な背景をもっています。

日常的に、毎日の生活の中で、多くの「日本人」が「無意識」のうちにとる態度や行動、この「まなざし」により、「外国につながる人」が攻撃され、深く傷つくことがあることに、私たちはもっと敏感にならなければなりません。

みなさんの中には、自分がクラスや学年、クラブで自分がどう思われているかを気にする人が多いのでないですか? 「わたしは周りからどう思われているかを、まったく気にしない」という人がいたら、手をあげてください。(一人も手をあげなぃ)

やはり、気にしますね。

では、「あの子はこんな子」と思い込んだり、決めつけていませんか?

決めつけのまなざしを向けられることで、深く傷つき、まわりからよく思われていないと感じた人は、自分に自信をなくしてしまうことが多いということに、私たちはもっと敏感にならなければなりません。

三中の生徒のみなさんには、「まなざし」を向けず、友だちの気持ちに敏感になってくれるよう、1年の締めくくりとして、みなさんに期待します。
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社会のしくみに気づく

2017年12月21日 13時43分13秒 | 校長からのメッセージ


昨日、全校生徒にウエットティッシュ1個とチラシ1枚ずつを配りました。

それらは、大阪府のヘルプマークの府民むけ周知啓発のものです。

1年生は、過日、福祉体験学習のさきがけとして、箕面市社会福祉協議会(社協)の職員さんから、お話を聞いたとき、ヘルプマークについて、すでに説明を受けています。

「アッ、あのとき聞いたマークや」と、結びつきます。

社会には、外見だけではわからないけれど、障害があるため、サポートや助けを必要とする人がいます。

だとえば、内部障害をもっている、難病にかかっている、義足をつけている、人工関節を使っている人などは電車などで立っているのがつらいことがあります。

立つ、歩く、階段の昇り降りがたいへん。災害のとき、柔軟に臨機応変に行動するのが困難。

妊娠初期の人も、まわりからはわかりにくいものです。

その人たちの困難さが、まわりの人に伝わりにくいという問題が、私たちの社会にあります。

このヘルプマークをつけた人を見かけたら、本人がサポートや助けを求めているという意思表示をしています。

だから、電車内で席を譲る、「お困りですか?」「なにか手伝いましょうか?」と声をかけることができます。

このキャンペーンは、三中保護者の方が箕面市にお勤めで、仕事上の研修でヘルプマークの啓発グッズをもらい、三中生に配ってもらえたらという提案を受け、三中が配付しました。



さて、このチラシにも「思いやりの行動」と書かれています。

三中のクラス目標にも、思いやりを書いている場合もあります。

学校で、思いやりの価値を教えることは、重要ですし、必要なことです。

人権の問題は心の中から発する行為で起こります。だから、個人の心のあり方を考えさせ、思いやりの心をもつように教育することは大切です。

しかし、人権に関する私の考えでは、それだけでは不十分です。

人権の問題は、社会の仕組みが生み出しているという理解を生徒に促していく面も必要と考えるからです。

たとえば、ひと昔前には、駅にはエレベーターがついていませんでした。

車いすの人は階段を昇れない。

これは、社会が車いすの人を閉め出すことになっているという社会のしくみの問題でした。

そこで、近年では、車いすの人も、車いすにのっていない人も、エレベーターを使い、駅を利用できるように、社会の問題を解決するように変わってきたのです。

これは、個人の心のありようだけ、つまり思いやりだけでは、人権の課題は解決に向かわないということです。

人権の課題を解決するためには、思いやりと社会を変えるのと、両方が必要なのです。

三中で生徒たちに行う人権教育は、生徒たちに思いやりだけでなく、社会の問題に気づかせ、できれば社会を変える行動につながっていくように行なっています。
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メロディが癒してくれる

2017年12月20日 14時16分50秒 | 校長からのメッセージ


みなさんのなかには、歌を聞いて勇気づけられたとか元気になったという経験がある人も多いのではないでしょうか。

それは歌詞が前向きでポジティブな内容になっていることが大きい理由でないでしょうか。


たとえば、秋元康さんがつくる歌詞のなかには、よくポジティブな言葉がでてきます。

「365日の紙飛行機」には、

「折り方を知らなくても いつのまにか折れるようになる
それが希望 推進力だ さあ、楽しくやろう」


また、「風は吹いている」は、東日本大震災からの復興を願った歌詞になっています。

「それでも未来へ 風は吹いている
頬に感じる命の息吹
それでも私は強く生きていく」

このような前向きな歌詞に惹かれる人も多いでしょう。

私は秋元康さんは、素晴らしい詩のセンスをお持ちだと、いつも思います。

ただ、大勢の人々のなかには、今はがんばれとか、前を向いて歩んでいこうという歌は受け入れられないという状況の人もいるかもしれません。

地震で家族や家をなくした人が、悲しみや絶望感に打ちひしがれ、とても前向きにはなれない。

また、中学生の中にも、信頼していた人から裏切られ、大きな傷を負っている生徒が、そうかもしれない。

ポジティブは、悲しみに打ちひしがれている人には、かえってあだになることとあるかもしれません。

わたしは、前にもブログで書きました。
よく「悲しみを乗り越えて」と言いますが、悲しみは乗り越えることなんてできないと思います。

人は悲しみに打ちひしがれ、悲嘆にくれたあと、なんとか起き上がって、その悲しみを引きずりながら、それでも悲しみとともに生きていこうとするのが本当のところではないかと思うのです。

悲しみに沈んでいる間は、歌詞はいらないのかもしれません。

歌詞のないメロディだけの曲、たとえばピアノだけの曲の方が、むしろ自由に自分の温度で聴く人が受け止めることができるのかもしれない。

そのメロディが、その人にあわせ、悲しみや傷とその人自身を切り分け、悲しみや傷を負ったまま、それでも前を向いて歩いていこうという気持ちにさせてくれるのです。

メロディが人を癒します。

これが楽器だけでメロディを奏でるインストゥルメント曲のよさだと、私は思います。

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人と本をつなぐ

2017年12月19日 14時10分40秒 | 校長からのメッセージ



本日、1・2年生は、「箕面子どもステップアップ調査」の学力テストでした。

生徒の思考力を問う問題が含まれた問題が出されていました。

いまの中学生に必要な学力観に基づいた問題です。






この作品は、三中2階の渡りローカに掲示しているわたしのおすすめする本「本の紹介POP」です。

保護者のみなさんは、三者懇談(終わった方には申し訳ないですが)に来られたときに、ごらんください。

このPOPは、おもに図書委員の生徒作品です。

イラストを入れたり、カラフルにしたりで、おすすめ本を紹介しています。

立ち止まってじっくりと読むと、なかなかよくかいています。

これがきっかけとなり、書店でその本を手に取るかもしれません。

そうなると、この作品を作った生徒は、友達を本と出会わせる「つなぎ人」になります。

平素、忙しく学校生活・家庭生活を送っている三中生です。

関心がなければ、本屋で本を手にすることもないでしょう。

ところが、「三中で紹介していたあの本がある」「ちょっと見てみるか」とならないともかぎりません。

本に親しんでほしい。自分の将来にとって、ぜったい損にはなりません。

生徒だけでなく、教師も本を読みましょう。親御さんも。
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おせち料理で回顧したこと

2017年12月18日 20時01分52秒 | 校長からのメッセージ



今年も残すところ、あと2週間となりました。

三中では、2階の渡りローカの給食コーナーに、「おせち宝船」の展示が掲げてあります。

おせち料理のレシピが図になっています。それを1枚ずつめくると、中にはその説明が書いてあります。

ときどき生徒が、触って読んでいます。

写真では、そのレシピのうち、鯛と黒豆とごまめをのせています。

はかには、伊達巻、えび、昆布巻、れんこん、くりきんとん、かずのこが貼ってあります。

宝船というだけあって、おせち料理はめでたい料理です。

今では、家庭で作ることが少なくなり、買うことが多いと思います。

高価なおせち料理も予約が入り、売れているとか。

いまの中学生にとっては、和食を基調とするおせち料理は苦手な子も多いようです。

でも、前回のだしの展示のように、和食にも親しむよう、お勧めします。



さて、前任校では、校区クッキングというイベントで、子どもたちが伝統的なおせちレシピを作りました。

それほどたくさんは食べませんが、けっこう喜んで食べていました。

その校区クッキングの講師は、地域の大人でしたが、なかには学生ボランティアも来ていました。

その学生の中に、中学校の卒業生がいて、久しぶりに再会しました。

その女子生徒は、中2の夏前から拒食症になり、どんどん痩せていきました。そのとき、私は教頭でした。

卒業式の日には、だいぶんよくなり、私はその子の手をとって「卒業おめでとう。しっかりするんやで」と送り出した生徒でした。

いま大学は食物科へ通っていると聞きました。

「食べることで悩んだわたしだから、将来は栄養士になりたいんです」

彼女のこの言葉は、どれほど嬉しかったか。

教師としてこのような言葉を聞くと、ほんとうに嬉しくなるのです。

中学時代は悩みの時期です。

でも、それをくぐり抜けた生徒は、自分の生き方を見つめ、たくましく成長します。

三中のおせち宝船を見ながら、こんなことを回想したのでした。
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「2025年問題」を見据えて

2017年12月17日 09時30分33秒 | 校長からのメッセージ


12月2日のブログでは、「2040年問題」について書きました。

その後、書物を読んでいると「2025年問題」があると知りました。そこからの引用で2025年問題を紹介します。

2030年までを見据えたとき、日本経済にとって、個々の企業にとって、いちばん大きな問題は、人手不足です。

今も人が足りませんが、2020年代は、その比ではありません。

2025年に経済成長率0.8%を維持するには、583万人の労働者が足りなくなるそうです。

その度合いは、2016年と比べて2倍以上となり、たいへん深刻な状況になります。

人手不足のもっとも大きな原因は、少子高齢化です。

ただし、これは若者が減り、退職者が増えることにおさまらず、介護離職者の増加にもつながります。

つまり、今後は、団塊世代にあたる人たちに介護が必要となり、その子どもたちが介護をするケースが増えることは確実です。

(私も先日、家族に付き添って病院に行きましたが、患者さんに高齢者が増えたといののが実感でした。)

東京都の場合、都内に住む75歳以上の高齢者の4人に1人が要介護になるそうです。

介護は、育児と違い、いつ始まるか、いつ終わるかがわからないのが難点で、介護休暇の日数には限度があり、介護が長引くと、退職しなければならなくなります。

2011年ごろに、介護を理由に退職した人は10.1万人でしたが、2020年代には介護離職がもっと増え、働き手不足に拍車がかかります。


さらに、最近は新入社員がすぐ辞めてしまうという声が聞こえます。

入社して少しでも違和感を感じると辞めてしまいます。

若い働き手の離職を止めることも、働き手確保のためには重要です。

かつては、人手不足を残った人の長時間労働で埋めていましたが、いまやそんなことはできません。

働き手不足をAI(人工知能)で補っていくという希望的観測がありますが、AIで置き換えることがてきる分野は実際それほど多くないことがわかってきました。


これからの企業は、有給休暇が取りやすいのは当然で、加えて働きやすい環境づくりが求められます。

(本文は、『THE 21』2018年1月号の「はたらく人のリアルな問題」から原文を大部分引用しています。)

さて、最後は教育に結びつけて、

2025年といえば、今の三中の子が大学まで進学したとして、ちょうど新任として就職するころです。

新しく入った会社や職場に少々違和感を感じても、すぐに辞めない子に育てていきたい。

いくらAIが発達しても、働くのは人と人との関係がやはり必要でしょう。

人を信頼して、学力をもち、豊かに人とつながり、聞いて、話して、考えや思いを伝え、人といっしょに課題を解決する力の基礎を、三中で育んでいきたいと思います。

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多様化する教育

2017年12月16日 09時19分19秒 | 校長からのメッセージ



2017年をふりかえると、10代が活躍・注目された1年でした。

将棋の藤井4段、卓球の張本選手、フィギュアの本田真凛選手など、みんな10代です。

このことは、教育の多様化を示しているように、私には思われます。

その多様化のなかでも、今年の10代の活躍は、子どもが一つの得意なことに専念するという教育方法の効果であると言えるかもしれません。

去年の三中3年生をみても、たとえばゴルフの特技をもつ女子生徒がいました。

また、書道7段の腕前をもつ生徒は、高校入試の願書に書いた字は卓越したうまさでした。

今年の3年生には、英検準2級の生徒がかなりいます。

また、1年生には、なんと漢検1級の男子生徒がいます。


ところで、義務教育の根幹は、すべての生徒が同じ教育を等しく受けるという原理に基づいています。

それは、いまも変わりません。

しかし、その一方では、幼少期からその子に向いている内在する力を引き出し、伸ばしていくという教育が求められているのが今という時代かとも考えます。

三中校区は、箕面市の中でも習い事に熱心なご家庭が多いようです。中学生で特技や資格をもった子がちらほらと見受けられます。

これからの教育のベクトルは、公平な教育を志向しながらも、一芸一能に秀でてている生徒の能力を伸ばしていく方向に、今後も家庭教育・学校教育が向いていくかもしれません。
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